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誰が為の勇者  作者: 空良明苓呼(旧めだか)
第4章 約束の女神
251/601

第251話 受付広間にて


 入都市しましたら、まずは受付へ。



 マシューの顔に驚きが浮かぶのを、アリオもマックスもしっかりと見ていた。理由は分からないが、彼には小板の向こうに何かが見えているようだ。しかし次の瞬間。それは別の驚きに変わってしまった。


 先ほど目前に広がっていた圧倒的な風景が消え、3人は見知らぬ大広間の中に居たからである。何人もの人間や他種族が、ガヤガヤと周りを歩き回っていた。


 壁や床は外で見た岩石と同じ材質。翡翠と白のマーブル模様だ。それをとことん磨き込み、魔石の照明が綺麗に反射している。


 ここは何かの受付なのか、奥にカウンターが見えた。ゼルナと同じような魚人たちが腰掛け、人々が並んで、やり取りをしているようだ。手続き書類を書いているそぶりも垣間見えた。


 突然現れたはずの自分たちに、驚く者は1人も居ない。全身からドッと汗が噴き出る。警戒心が一気に研ぎ澄まされるこの感覚。アリオは犯罪都市に戻って来たような奇妙な既視感を感じていた。


――この広間の人間…どいつもこいつも嫌な匂いがする。全員まともな商売人じゃない……!


 背後に気配を感じて振り返ると、背の高い魚人が、こちらを無表情に見下ろしていた。


「…やきカ。遅カッタナ。ぜるなハドウシタ? ソノ2人ハナンダ?」


 低い声。頭の上から足先まで、びっしりと青めいた鱗に覆われている。髪はゼルナより明かるい緑の長髪。どうやら鱗や髪の色の濃淡に個体差があるようだ。そこへ金属を顔に詰めたような銀色の目。白眼はない。


 ヤキの名前を呼ばれたマシューは、あらかじめ打ち合わせていた通りのことを答える。


「南西の河原で死体は見つけたが、鍵は捨てた後だった。この2人は近くまで来たノルンの連れだ。鍵探しを手伝わせたが、見つからない。川にでも流したみたいだな」


――下手過ぎる。


 アリオは内心冷や冷やした。ちらりと横目を泳がせ、マックスとばちりと目が合う。彼も同じことを思っているに違いない。冷や汗が顔を伝っている。


 あのヤキという男。少し言葉を耳にしただけだが、相当口が悪そうだった。こんなことを言いたくないが、それこそ子供時代の自分ほど。これではすぐに偽物だとバレてしまわないだろうか。


 ところが魚人の方は、さしてヤキの口調を気にしていない様子である。


「……死体ハ?」


「持ち帰った方が良かったか? 鳥が半分以上食べてしまっていたが」


「ソレナラ良イ。裏切リ者ヲ水ニハ帰セナイ。ソレヲ知リタカッタダケダ」


 夢魔のレオカントによると、この魚人たちに家族という概念はないという話だ。しかし、どうやら同胞を労る心も、持ち合わせてないように見える。


 アリオは冷たい言葉に、静かに歯噛みして堪えた。こういう輩は、こちらの表情を目敏(めざと)く拾い、揚げ足を取って来るものだ。経験で分かっていたが、マックスはそうも行かなかった。


「オイ、小僧。ナンダ? ソノ目ハ?」


 魚人が銀眼をグルリと回転させる。そのグロテスクな表情に気を取られていると、眉をひそめたマックスの顔の前に、魚人が右掌を差し出して来た。指と指の間にはピッチリと水掻き。


 亡くなった魚人のゼルナが、何か空気が爆発するような魔法を使ったのが頭をよぎる。咄嗟に聖剣の柄に手を掛けるが、背中から引き抜く前にマシューが動いた。


「ウ……何ヲスル?」


「それはこっちのセリフだ。この暑いのにゼルナの捜索に当たらされて、全員クタクタなんだ。こいつには俺から言い聞かせる。これ以上構うな」


 魚人の右手首を、緑の手がギリギリと締め上げ、そこに白い稲妻が絡み付く。こちらに一切興味を示していなかった周りの証人たちの視線が集まると、魚人がたじろいだ。心なしか顔が青ざめて見える。


「ワ、分カッタ。サッサト行ケ!」


 マシューの手を痛そうに振り切ると、魚人は(きびす)を返して離れて行く。それと同時に、ギャラリーは一斉にこちらから目を逸らした。


『仮通行証を発行したかったけど、今はちょっと目立つな〜。後にしよう。そのまま後方の出口を出て』


 再び頭の中に夢魔の声が響き、一気に心持ちが軽くなる。レオカントの軽薄さも、今となってはありがたい。予想通りとはいえ、こんなに危険な場所だとは。大広間を出ると、そこは先ほど見た大穴の廊下だった。


 1番上の階層から2〜3下だろうか。青い夏空が、円形に切り取られ、銀ノ月池(ぎんのつきいけ)を思い出した。赤い猛禽類はまだ上空を旋回しているが、降りようとはして来ない。


『大丈夫。ヤキの部屋は知ってるから、指示通りに進んで』


 やはりこの都市の彫刻技術は素晴らしい。あの欄間であったり、この透かし窓。エリアーデだけではない。きっとドワーフや宝飾品店の技師、そして技術を極めた全ての職人たちが羨む。そんな匠の技とも言える繊細な紋様が、諸処に施されている。


 時折すれ違い様に、興味とも敵意とも取れる視線に刺されることがあった。しかし、魚人も人間もその他の誰も、他の者に関わろうとはして来ない。


――……なんだか淋しい街だな。


 ふとそう思った。犯罪都市ドロアーナとは違う淋しさだ。この都市には喧騒すら聞こえない。ヒソヒソと商談する声が、耳を不快にくすぐるだけ。


 パタパタと大水鏡に流水が滴る音を聞きながら、薄暗い廊下と階段を繰り返す。


 カチャカチャ。


 沈黙を破る金属の音。鎖で首を引かれる子供や女性と、何度かすれ違った。そのうち半分以上は靴も履いておらず、服はボロボロ。臭うほど汚い者も少なくない。全員無表情で俯いており、ごく稀に啜り泣きの声が漏れていた。


 側を通るたびに、立ち止まりそうになるマックス。奴隷商人に気付かれないよう、その脛を何度も足先でつつく。こんなところで揉め事は厳禁だ。これからの目的を考えれば特に。


 やがて円柱の中腹に達すると、夢魔は壁内の通路へ曲がるよう指示してきた。


『そう。通行証を首から下げたまま、そこの壁に手をついて。2人はさっきみたいにマシューの腕を掴んで。さっき言ったとおり、仮通行証は後で発行して貰うから』


 そうしてマシューが壁に手を触れると、目の前の景色がまた変わった。小綺麗な部屋。これがヤキの私室なのだろう。


 入ってすぐは居間。いくつか扉や続きの部屋があり、マシューがヤキが入口に罠を仕掛けてないか確認する。特に何もないと判断すると、全員で間取りを調べて回る。


 なんとも広い客間だ。ぱっと見ただけだが、砂漠の王城と良い勝負ではないか。大人2人は寝られそうなベッドのある寝室が5つ。1番奥の主寝室には、あらかじめ聞いていたとおり、魔道具の檻が併設されていた。


 檻と言っても、中は客間と同じ構造。ベッドから洗い場まであり、外からカーテンで見えないようにすることも出来る。すでに仕込んだ高級奴隷などを、ここで直接売買するために違いない。


 天井で回転しているのは、砂漠でも見掛けた空調用の魔道具だろう。部屋は何処も快適な気温だった。炊事場の保管庫には、飲み物や簡単な食料が常備されている。


 再び居間まで戻ると、緊張の糸が切れ、マックスがずるずるとその場に座り込んだ。


「あー、もう限界! 甲冑脱いでも良いかな?」


 アリオもマシューも根を上げる彼を見て、にっこりと微笑んだ。


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