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誰が為の勇者  作者: 空良明苓呼(旧めだか)
第4章 約束の女神
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第241話 捕らえた敵


 詰めを甘くすると危険ですよね。


※申し訳ないです。聖遺物の杖ソウル・スフィアは、何故か精霊には預けられないという設定があるのですが、うっかりフランシスに預けておりました。関連部分に修正を入れました。



 森を歩くエリアーデ。今はアリオの姿をしている。彼女は緊張していた。上手く相手を騙せるだろうか。


 さすがに装備を完全に取り替えるのは心配だったのだ。そこで、服だけアリオの物を拝借することにしたのである。色々と悩んだ末、結局ソウル・スフィアは空間魔術に仕舞い込んだ。


「大丈夫。ヤキならもう見つけた。目を合わせずに幻覚を見せるのは少し難易度が高いけど、聖剣を持っているように見せるだけなら、なんとかなりそうだ」


 姿の見えない夢魔が、彼女へそう話し掛ける。少し陽が傾いて来たのか、森の中は薄暗い。先ほどから大きな鳥がバサバサと音を立てたり、生き物がギャアギャア騒ぐ声が響いてくる。1人だと心細かったところだ。


「ありがとう。それにしても、あなたは本当になんでも出来るね。戦闘能力が低くても、夢魔は強い魔物だと思う。敵じゃなくて良かった」


「他人行儀だなあ。レオで良いって言ってるのに。まあ、警戒して正解だよね〜。君はそういう風に言ってくれるけど、僕らは人間にとって害獣と同じさ」


 特に卑下するでもなく、ごく自然にそう答える。そんな夢魔に少し申し訳なくなった。先ほどの無礼のことだ。人間とは違うとしても、魔物にだって心はある。これはきっと、魔物に限らない話だろう。この3年間で痛感していた。


「……さっきは失礼なことを言ってごめんなさい」


「失礼って…ああ。僕の初恋の人の話? 気にしててくれたんだー! ありがとう。別に知られて困る話でもないし、君たちになら話してあげても良かったんだけどね」


「ううん、良くない。本当にごめんなさい」


 エリアーデはアリオの顔のまま、眉根を寄せて顔を悲しげに歪める。悪い癖だ。理屈を優先して、相手の気持ちを置き去りにしてしまう。精霊たちにもずっと注意されているのに、またやってしまった。


「うーん。でも、僕アリオのこと気に入っちゃったなあ。今度2人っきりで話してみたいかも」


「それはダメ」


 迷わず即答する。一体なんの知識を吹き込もうというつもりだろう。声を押し殺したクスクス笑いが聞こえる。申し訳ない気持ちになったのが、なんだか急にバカバカしくなってきた。姿を見せないレオカントは、心底不服そうに抗議の声を上げる。


「なんでさあ? 君たちぐらいの年頃なら、興味ある話だと思うけど……あ、そろそろ念話にしよう。聞こえちゃうといけないから」


「誰に聞こえるって?」


 夢魔の笑いを引き裂く声。頭上からだ。


 エリアーデの目の前に、バザっと男が飛び下りて来た。ずっと樹の上から様子を伺っていたのだろう。木の葉が舞い散る。先ほどは必死で良く見ていなかったが、男は半裸だった。


 緩やかな長いパンツを履いているが、透けて下着が見えている。そして裸足。指には複数の銀の指輪。へそや耳、至るところに銀のピアスを付けていた。


――やっぱりタティに似ている……!


 その容姿が砂漠に住む異邦人タトラマージに似ていることを、しっかりと確認する。タトラマージと違うのは腕の本数が4本ではなく、2本であることだろう。


「腕、生えて来たんだね」


 アリオの姿でそう問い掛けたが、ヤキの方は少し眉をひそめた。


「ん? あんまり驚かねーんだな。再生能力を見ると、大体の奴はビビっちまうんだが……もしかして知ってたか?」


 しまった。余計なことを言ったか。焦りを見せないよう気を遣うが、レオカントが居ることはバレてしまった。


「おい、夢魔。姿を見せてもいーぞ。俺は耳が良いんだよ。さっきから丸聞こえだったし、どうせ幻覚にはもう掛からねえ」


『大丈夫。接近速度が速過ぎてびっくりしたけど。もう聖剣があるように見せてる。ついでにピアスも誤魔化したよ』


 レオカントの声が頭の中に響く。精霊が使う念話だ。人間が使うと魔力を消耗するので、返事はしない。この夢魔が良く気が付くので助かる。右耳のサファイアのピアスのことをすっかり忘れていた。後は自分が段取り通りにするだけである。


「フォンクリエ」


 ヤキの足元から一瞬で樹木が伸び上がり、身体の周りにつむじ風が展開する。何が現れたか把握できず、ヤキはひとまず後ろへ飛び退く。しかし、目の前に(そび)え立つ樹木に違和感を否めない。


――妙だな……何故剣を抜かない?


「砂よ、穿て」


 疑問を払拭する間もなく、背後から砂が迫り上がる。鋭利に刺そうと無数の針。砂で串刺しにされる前に退く。少年の動きが明らかにおかしい。先ほどは反応が早いと思ったが、今度は魔法の繰り出しが早い。


 足首を(つる)に絡め取られ、バランスを崩したところをつむじ風が。辛うじて植物を引きちぎり、さらに後方へ。全てを避けきることは出来なかった。上半身に多少の切り傷。


――……いや。背中ぱっくりだな。


 まるで袈裟斬りにされたような傷が、背中に大きく入っていた。しかし、再生能力がある以上、大した問題ではない。この攻撃には殺す意図が全く感じられない。舐められたものだ。


 これ以上の攻撃はなさそうだと踏み、背中に魔法陣を展開する。


 そこへ急激に苛烈な殺意。背後。


――斜め上か!!!


 そう思う間もなく首に弦が絡まり、呼吸が出来なくなる。おまけに唐突に琴の音。蠱惑的で美しい歌声が聞こえる。意識が一気に遠のくが……。


 サラマーロが宙吊りにした男は、白眼を剥いて顔を仰向けた。彼女は歌うのをやめたものの、琴は奏で続けている。


「やっぱりこれでも死なないわね……」


 青い顔でこちらを見つめる少年へ、そう声を掛ける。最初の大地の精霊の攻撃。岩石で刺すようエリアーデに指示していた。


「タティと同じ種族なのよ。これぐらいしなさい」


 彼女が担いだ幻琴(げんきん)クリュエーシュは、なおも美しい音を奏でつつ、ヤキの両手足や胴をぐるぐる巻きにしてゆく。そして首はさらに締め上がる。


 煙の如く夢魔が姿を現したのを合図に、近くの茂みが輝く。防御結界の一種で、マシューが他の者を隠していたのだ。アリオ、マシュー、マックス、そしてキャロラインがゆっくりと近付く。


「拘束瓶は持ってるんだよね?」


 レオカントがそう尋ねると、赤毛の美男子が空間魔術で小瓶を取り出す。手配されている賊などを捕らえる際に使用するものだ。


 生計を立てるため、魔女や魔法使いが卸しているもので、中に入れられた者は休眠状態となる。瓶にはそれぞれ数字が振られており、数値の高いものほど魔力容量の高い者を入れられる。


 つまり、場合によっては古代種や精霊も拘束可能なのだ。しかし当然のことながら、そのような物は流通していなかった。


 それでは格上相手にどうするかと問われれば、魔力を消耗させるのである。その瓶に入れられるまでに魔力を削れば、どんな格上の者でも入れることが可能だ。


 マシューの手の中の瓶には、148と書かれていた。それを見たレオカントがふっと笑う。


「てっきり30とか40だと思ってたけど、良くそんなの手に入れたね。魔女につてでもあるのかい? ……まあ良いや。僕が魔力を吸えば、たぶん入れられるさ」


 端正な顔立ちの魔導士は、夢魔の質問には答えなかった。まあ良いとばかりに、レオカントは肩をすくめて見せる。そしてぐるぐる巻きのヤキへ、そっと近付く。まるで蛹のようだ。


「手だけ上げられたりする? さすがにこういう男はあんまり好みじゃないから、首筋とか嫌だなあ〜」


 彼は桃色の髪の美女へ、そう投げ掛ける。サラマーロは悩ましい表情でため息をつくと、琴を弄って、ヤキの掌を器用に差し出した。彼女へ短く礼を述べると、レオカントは緑の手の甲に顔を近付ける。


「吸血鬼が魔力を吸う時は、手でも出来るって聞いたけど……」


 アリオの口から感想が漏れ出てしまった。砂漠で知り合った吸血鬼から、そう聞いていたのだ。


「ああ、吸血鬼はそうかな。彼らって古代種の中でも、一際魔力の扱いに長けているから。残念ながら、僕ら夢魔は経口摂取しか出来ないんだ。魔物だからね。人間がそういうものだと思って生まれたから、その概念には逆らえないんだよ」


 横目でこちらの疑問に答えると、彼は実に耽美な仕草でヤキの手の甲に口付けた。あんまり直視するのも悪い気がして、目を逸らす。


 そして、ヤキと目が合ってギクリ。

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