第23話 500年前の勇者たち
豆知識披露会が始まる。
※2021/10/28より改行修正入れております。内容には変更ございません。
時計塔が、午後を知らせる鐘を響かせた。
「聞いてなかったでしょう?」
チャーリーが意識を室内に戻すと、エリアーデがこちらに鋭い視線を向けていた。蛇に睨まれるとはこのことだろうか。彼女は蛇というには些か毒気が足りないが。
「悪い悪い。えーと、なんだったっけ?」
「仕方ないですね」
彼女は呆れたように、過去の勇者一行について話し始めた。ここ1ヶ月、手記に新しいことが見つかるたびに、こんな調子だ。さすがに、この年齢で賢者なだけはある。脳味噌が喋っているかと思うほど、彼女は博識だった。
「……つまりですね。手記によると、大賢者は途中でメンバーの誰かが死んでしまっても、同じような力を持った代わりの者を見つけられるようチャームを作成したわけです。おそらく、チャームは特定の聖遺物を扱える者に反応すると考えられます」
「なるほどな。エリーとアリオが選ばれた時みたいに、両方が反応するわけか」
「エリーって、呼ばないで下さい!」
チャーリーは片方の眉を吊り上げ、至って真剣に答えたつもりだった。しかし、エリアーデは意図しない部分に反応する。その顔を見るだに、親しくない相手に愛称で呼ばれるのは、心底嫌なようだ。
かれこれ1ヶ月間、アリオと一緒に毎日彼女の話を聞いているので、そろそろ慣れては貰えないだろうか。そんな複雑な心境はよそに、彼女は流れるように説明を続ける。
「1人目が聖シアン・カヴァリエ。女性でありながら武芸と学問に秀で、聖剣アルル・ゴージャに選ばれた本物の勇者です。スッカルの花のチャームの持ち主でした」
「さすがにそれは俺でも知ってるぜ。スッカルは民草の騎士であれという名門カヴァリエ家の紋章だ」
ようやく知っている名前を聞いて、得意げに相槌を打った。この世界の人間なら、彼女を知らない者の方が少ないかもしれない。民草のための騎士など、もうどこにも見当たらないのが惜しまれる。
「はい。残念ながらカヴァリエ家は滅んでしまいましたが、老師がアリオを森で探し当てたことを偶然ではないと考えると…」
「アリオは末裔の可能性があるってことか。まあ、肝心の老師が亡くなってるし、この際それについては後回しだな」
「そうですね」
アリオのことはかなり気掛かりだが、彼の素性はこの際、置いておくことにする。
とにかくやることが多過ぎる上、アリオはまだ年端のいかない子供だ。エリアーデの頭の回転が速くて、本当に良かった。まるで大人のように話が早いので助かっている。
「2人目はソーヤ・グラハム。魔槍ガランネオルの使い手で、桔梗のチャームの持ち主です」
「そいつも割と有名だな。シアンの旅に最初から同伴してた、カヴァリエ家の盾と呼ばれた護衛だ。確かシアンの幼馴染で幼少期から一緒に育てられたとか。番犬とか忠犬とか色々通称があったような…」
「その通りです。彼は非常に珍しい黒髪の魔力持ちであったため、使用人の子供から召し上げられたという話も有名ですね」
確かにその話は有名だった。もっとも、本人を見たことがないので、真偽は定かではない。もしかすると濃い茶髪だったなんてこともありがちだ。エリアーデは神妙な面持ちで、シアンとソーヤのチャームについて触れた。
「どういう経緯か、いつ、どこで入手したのかは、さっぱり分かりませんが…テオドール老師は両2名のチャームを入手し、現在、桔梗のチャームもアリオが保管しています」
「だが、魔槍の行方は分からない…と」
聖シアン・カヴァリエの1番槍と名高い人物だ。相当強力な得物とみて、まず間違いないだろう。エリアーデは咳払いすると「さらに」と付け加える。
「3人目のマルセイル・ドドリアーナ。彼は魔砲ドン・ケルを操る魔導士で、カモミールのチャームの持ち主でした。アリオからの情報では、亡くなったララ・ベルベットさんの兄、マシュー・ベルベットが魔導士であり、カモミールのチャームを所持していた可能性が高いと聞いています」
ララと聞いて、チャーリーの目に感傷が浮かんだ。南国の海のような瞳が、一瞬、憂いを帯びる。
亡くなった後に聞いた話だが、カーサスはララが魔力持ちであることを1年隠し通していた。大したものだ。彼女の所在を兄が探し当てるまで、預かるつもりだったようだが、その願いは叶わなかった。
本当にほんの一瞬、チャーリーの表情が悲痛に歪んだ気がして、エリアーデは話を止めた。しかし、彼は何事もなかったように、こちらへ微笑みかける。気のせいだろうか。気を取り直すと、説明を続けることにした。
「また、テオドール老師の手記にも赤毛の魔導士を探している節があることから、このマシューが仲間の最有力候補の1人です。カモミールのチャームも、現在アリオが預かっています」
「あいつ首重くないのか?」
テオドール老師の遺品である、桔梗のチャームもアリオが身につけている。つまり、首から3つのチャームを下げていることになるのだ。せめて、鎖をもう少し軽くしてやろうと、チャーリーは思案した。
「4人目は拳闘士アリアナ・ヘルヘイム。チャーリー、あなたが持っているタイムの花のチャームの元の持ち主であり、ヴァリグオンの使い手です。彼女は勇者一行の中でも飛び抜けて戦闘能力が高く、素手で魔物を討ち果たすことも多かったとか」
そいつはやばいとチャーリーは思った。自分でも魔物を素手で倒せるかどうか怪しい。女だてらに魔物と真正面からやり合うとは、聖遺物の性能だけではないだろう。やはり相当の猛者だったに違いない。
「記述に寄れば、アリアナが使うヴァリグオンは通常時は指輪の姿をしており、戦闘時は手に密着して使用する手袋のような形の武器だったそうです」
「手袋…か。テオドールがフレアって呼んでたあの魔物の場合は短剣になってたが、まさに形を持たない武器ってわけだな」
短剣よりも、アリアナと同じ形状の方が使いやすそうだ。しかし、思ったより厄介なことになっている。この武器は持ち主を強者だと認めなければ使えない。今使えないということは、あの魔物より実力不足だということである。
エリアーデは真剣な面持ちで、チャーリーにこう告げる。
「分かっていると思いますが、あなたがヴァリグオンに認められる条件はフレアを倒すことです」
「そうしなけりゃ、現状俺は戦力外だな」
思わず、自嘲気味に笑った。




