第229話 チャームのまじない
アリオくん、本当に体質変わってたんですね。
周囲が眩く白んで消える。
アリオにはそういう風にしか見えなかった。
しかし、彼の顔を一瞬垣間見たエリアーデには、全てが見えていた。
聖剣を持たずとも金色に輝く瞳。
白く発光する身体。
あまりの眩しさに全員腕で顔を覆う。
鍋ごと粥の残りをかっ喰らっていた美人は、慌ててそれを投げ捨てる。
「アリオ! 視界を戻せ! エリーを見るんだ!」
シャーリーンが飛び出して来て、自分の肩を掴む。アリオには何がなんだか分からなかった。辺りを見回しても何もない空間に、自分と美人が浮かんでいる。
しかも驚いたことに、いま目の前にいるシャーリーンは、普段自分が見ている光の魔物ではなかった。
身体は白く透けている。
ああ、分かる。
魔物になる前、この美人がまだ精霊だった時。
きっとこういう姿をしていたのだ。
「アリオ!!!」
エリアーデの声。
何をそんなに必死になっているのだろう。
声の方を見てハッとした。そこに立っているはずのエリアーデは、透けていた。修道服も着ていない。青白く透けた少女は、ロングドレスのような物を纏っている。
分かる。
アリオは直感的に、それが水の精霊だと理解した。
そしてエリアーデでもあるのだと。
「アリオ! ちゃんとエリアーデを見ろ! いつものエリーを!」
――いつものエリー? そうだ。エリーは……。
精霊の姿をした彼女は、顔を腕で覆っていたが、意を決したようにそれを下ろす。そしておもむろに、自分の手をぎゅっと握るのだ。
その瞳は、水を湛えたような薄水色。
後は宝物殿の時と同じだった。急速に目の前の視界が引き戻される。そして、いつものエリアーデがそこに立っていた。濃紺の修道服に身を包み、自分の両手を大事そうに握り締めている。
こちらを心配そうに見上げる瞳は、やはり水面のような淡い空色をしていた。胸から熱いものが込み上げて、やがて顔まで届くのが分かる。彼女へ短く謝ると、ささっと手を振り解いた。
どうにか目を逸らそうと、手元のチャームを眺める。たった今、自分の首から外したものだ。マシューが近付いて来て、それを取り上げると、珍しく萎れた様子のシャーリーンが謝罪した。
「すまない。すっかり忘れてた。アリオの魂は私と同期して、精霊と同じものになっている。自分の実体の中に、存在を隠すことを心掛けてくれ。今みたいに漏れ出るから。なんかこう、液体を器に入れる要領だ」
よく分からないがそういうことらしい。何故そんな重要なことを今まで黙っていたのか。思わず睨め付けるアリオに、シャーリーンはしゅんとする。
そしてそんなことはお構いなしに、マシューは掌に魔法陣を展開し、桔梗のチャームを調べ始めた。アリオを心配そうに見ていたエリアーデも、興味がそちらに移ったようである。
「変わった解析魔術です……ね」
敬語を抜くには、まだ先が長そうだ。サラマーロとキャロラインは呆れながら解析の経過を見守る。
「アインの行商人が使う物だ。古代術式なので魔力数値の解析上限が高い。新しい時代の魔道具だと解析しきれないのが玉に瑕だが、銀のチャームは古式だからな」
顔ほどの大きさの白い球体。象形文字がびっしりと刻まれた魔法陣がチャームを包む。そしてそこから枝のような線が飛び散り、解析結果を文字で示し始めた。
「なんだこれは?」
マシューは眉をひそめ、エリアーデはそこに示された数値に、思わず息を呑んだ。
「かなり強力な結界魔術……それも魔力が体外に漏れ出ないよう設定されている……?」
彼女の呟きの意味が、アリオには良く理解出来なかった。マシューも納得がいかない表情だ。
「強力なんてものじゃないな。アリオが精霊化していることに、今まで誰も気付かなかったんだ。精霊を封じるレベルの数値設定……しかも本人が魔力を使用する際は、出力出来るよう調整されている。大賢者は化け物か」
エリアーデはそんなことより、もっと気に掛かることがあった。マシューは気付いているだろうが、こちらと目が合った後、何も言ってこない。恐らく彼も同じことを考えあぐねているのだ。
精霊と同化したシアン・カヴァリエのチャーム。つまりスッカルのチャームにこの魔術が掛かっているなら、すんなり頭に入ってくる。しかし、何故彼女の護衛であるソーヤ・グラハムのチャームに、そんな特殊な魔術が掛けられているのか。
戸惑い気味のアリオに、マシューはさっと手を伸ばす。今度は胸に下がったスッカルのチャームに、同じ解析魔術を掛け始めた。
浮かび上がった文字の一部は、掠れたり消えたりして読めなくなっている。彼の眉間の皺が深まり、端正な顔が疑問に歪んだ。
「こっちは……掛けられていた魔術が、一度解除されている……分からないな。桔梗のチャームと同じ効果もあったかもしれないが、どちらかと言えば特防か何か……シアン・カヴァリエが死んだ際、使われてしまったと考えるのが妥当か……? 上書きで掛けられているのは」
マシューがそう言いかけた時だった。ふわっと目の前に男が現れた。浮いている。まるで靄のように。
その男は世にも優しい微笑みを、ここにいる全員へ向ける。キャロラインがあからさまに嫌悪の表情を浮かべたが、彼はそんなことは意にも介さなかった。
「良かったよ。やっと見つけた! 君たちがカンツォーネのお友達だね?」
そう言いながら、頭の上に乗せた帽子を、アリオの頭にポスッと被せる。汚い茶色のとんがり帽子。ああ、これは間違いなく、吟遊詩人カンツォーネの物だ。
しかし不思議なことに、一瞬誰も反応出来なかった。竈の火の魔物キャロラインを除いて。
彼は夢のように存在が希薄だったのである。




