第21話 老師が遺した手記
色々と問題がありましたが、なんとか投稿しきれそう。
※2021/10/28より改行修正入れております。内容には変更ございません。
「えーと…? 『精霊暦 10,497年・2の月・14日。ドロアーナの街に赤毛の魔導士が立ち寄るとの情報があり、アリオと潜伏することにした』……3年前の早春ですね」
エリアーデは手元の手記にゆっくりと目を通す。それこそ、穴が開くほどジッと見つめて。
「『アリオの口の悪いのがついに役立つ時が来たのだ。私も見習おうと思って、髪を黒くして無精髭を生やした。中年っぽい口調の練習をしていたらアリオにキモいと言われた。死にたい』」
そこまで読み上げると、呆れたように手記のページをぱらりと捲った。
彼女とアリオは、チャーリーの計らいで、教会の客間をあてがわれていた。部屋の窓からは、爽やかな風と人々の笑い声、そして金槌を打ったり、建材を積み立てる音が、頻繁に舞い込む。
街が魔物に襲われてから、1ヶ月が経っていた。フレアが去った後、人々の乱心は収まり、街は再び平穏を取り戻したのだった。今はチャーリーの指示で復興作業が進んでいる。
「どうぞ」
部屋のドアをノックする音に生返事をして、エリアーデは手記を読み進めた。
「なんか分かったか?」
チャーリーだった。彼はドアを開けると、中へは入らず戸口に背中を預ける。窓辺の椅子に腰掛けていた彼女は、小さく息を吐くと、両手で手記を閉じて机の上に置いた。少し面倒臭そうに、身体をチャーリーの方へ向き直す。
「6冊目は、ほとんどアリオと出会ってからの話でした。やはり重要なのは1冊目ですね。それと……」
「それと?」
「6冊目もやはり、他の手記同様にページが破かれています。特に、老師が私と母と一緒に教会暮らしをしていた頃のページがほとんどありません」
それを聞いて、チャーリーはひらめいた顔をして見せた。
「お前、相当嫌われて…」
そう呟いてみたものの、エリアーデに鋭く睨まれ、慌てて言葉を引っ込める。そして、引っ込めた言葉の代わりに、こう続ける。
「しかし妙な話だ。1冊目は日付からして500年前の賢者が書いたもの。2冊目以降は魔王を倒すため、賢者たちが代々書き継いで来たものだと予想出来る。なのに、肝心の記述がたまに破れて抜け落ちている……」
「……おそらくですが、手記を切り抜いたのはテオドール老師でしょう」
エリアーデは確信を抱いていた。この手記からは魔力が滲み出ている。おそらく魔道具の一種だ。それもかなり高度な。こんな物を破り捨てた者も、相当な魔力持ちに違いない。
「ほう。となると、なんとなく話が見えたな。この手記は、言わば魔王に関する研究成果の結晶だ。盗まれた場合のリスクが高い」
「ええ。テオドール老師は、自分の身に何か起きた時のため、手記の重要な部分を大陸中に隠したと考えられます」
「つまり、あんたらが次にやることは、魔王の弱点集めってことか。気が遠くなるな」
チャーリーは長いため息を吐き出す。それにつられて、エリアーデも深くため息を吐き出した。
「それだけではありません。この500年前の大賢者特製チャームと、それに見合った聖遺物の持ち主を探さなければなりません」
胸元から花が色づいた、オリーブのチャームを引っ張り出してみせる。杖が光った時に、一緒に光っていた魔除けのチャームだ。コイン大のモチーフのそれは、どうやら勇者一行の人数分あるらしい。
「いやー。力になれなくて、本当にすまん。ヴァリグオンはこの通りだしよ。俺のチャームは何も反応がない」
チャーリーはそう言いながら、金の指輪が嵌まった右手の親指で、胸元からチャームを引っ張り出す。アリオやエリアーデの物より大粒の銀装飾で、タイムの花が象られていた。しかし、花に色はついておらず、銀色のままだ。
これもおそらく大賢者製のチャームだと、エリアーデは睨んでいたが、光らないので確証がない。右手親指の指輪の方が目立つくらいだ。
実はこの指輪こそ、ヴァリグオンであった。フレアが去った後、短剣の形を取っていたそれは、紅い宝石の据えられた指輪に姿を変えた。そして、チャーリーの右手親指から、外れなくなってしまったのである。
「手記より、500年前の勇者一行は全8名だったと推察されます。伝承ではほとんどの人物名が失われていましたが、この手記のおかげで、大賢者以外の7名については名前が分かりました」
エリアーデは、ヴァリグオンには興味を示さず、500年前の勇者一行について、ブツブツと解説を始めた。これは長くなりそうだと腕組みし、ふと窓の外に目をやる。
今日の空は、どこまでも晴れ渡っている。
それを見て、彼は『テオドール老師』の葬送の日を思い出した。




