第201話 今後のために
なるほど、主人公が止めを刺しても、問題が解決しないということですな。
ああそうか、その手が。いや、むしろその方が良い。こちらを少し心配げに見つめる川の精霊に、にっこり笑って見せる。やることは決まりだ。
「ありがとうございます。あなたの言う通りです。止めは、アリオが刺すべきではありません。今回だけは」
彼女はそう言うと、不敵な笑みを浮かべた。
横殴りの雨が全員を叩き打つ中、何かが軋む音が聞こえてくる。最初は小石の転がる甲高い音が、次第にゴロゴロとした重低音に。崩れ散った大岩は、少しずつ集まり始めていた。
全員が辺りを警戒する中、老人は少女を抱き上げ、周りをきょろきょろと見回す。エリアーデと目が合うと、またよろよろと歩き始めた。彼女の側の方が安全だと判断したのだ。
これから、少し酷なことを言わなければならない。
エリアーデは集中すると、精霊に話し掛ける要領で、頭の中で言葉を発する。精霊と同化した今、アリオにも念話できるはずだ。
『アリオ、ヴァルアナ。聞こえる?』
頭の中でエリアーデの言葉を聞いた2人は、肯定の返事を返す。良かった。やはり、アリオにも聞こえているようだ。
『アリオ。今から川の精霊とサニータが聖剣に宿るから。意思ある大岩を斬ることに意識を集中して。核は上手く打てなくても良いから。闇だけしっかりと斬り払って欲しいんだけど』
『……分かった』
アリオはこちらを見ずに頷いた。岩が何処へ転がるのか注視している。今のうちに説明しきらなければ。
ゴトゴトと岩石は村の真ん中に集合し始めた。
『ヴァル。止めはあなたが刺して』
『……え』
単純明快な理論だった。精霊殺しと同じである。精霊と魔物は、魔物を殺しても、魔力容量を増やすことが出来る。つまり、使える魔力の最大量が変化するのだ。
もちろん、精霊と同期しているアリオも、同じ状態に違いない。しかし今後のことを考えれば、今回に限り、ヴァルアナに譲るべきだろう。
『あなたがもう少し強ければ、セルンボビア村の護りに役立つ。人間より精霊の方が、あの魔物を倒した時に手に入る力が大きい』
それを聞いたアリオは、先ほどから言いたかったことがあり、思わず口を挟んでしまう。
『待ってくれ。闇を斬り払ったら、あの魔物は大人しくなるんじゃ……』
『残念だけど、大人しくなったら、あいつは巻き込んだ精霊たちに殺されるだけ』
エリアーデは敢えて冷たい言葉を選んだ。アリオはこういう時に迷いやすい。3年間一緒に居てよく分かっていた。
アリオはしばらく返事をしなかった。岩はゴロゴロと集まるが、やはり黒く汚れた核が見当たらない。気温は高いはずなのに、風雨は冷たく身体を叩く。
精霊は時に残酷だ。巻き込まれた岩石の精霊たちは、敵とみなした魔物が弱れば、一切容赦しないだろう。アリオは諦めたように、こう返答する。
『……分かった』
話はまとまった。エリアーデが安堵すると、ヴァルアナが戸惑いながら、こちらへ問い掛けてきた。
『でもどうやって?』
その通り。ここからが本題だ。全員に危険が伴うが、植物の魔物が岩石の魔物に勝つには、他に方法がない。アナシアが毒草だからこその手段である。
説明を聞いたヴァルアナは身じろぎした。抱える老人が驚いて彼女の顔を覗く。宝石のような赤い瞳が、雨に濡れて輝いて見える。
『まさか……人間の側でやるのは危険よ!』
『そう。だから最後は、あなた1人で止めを刺さないといけない。できる?』
老人とヴァルアナは、もうエリアーデの側まで辿り着いていた。もちろん、ここまでの話はワラパワには聞こえていない。そして、懐かしそうに目を細める川の精霊の姿も、この老人には見えていなかった。
鯱のタイタンはワラパワを怖がらせたくなかったのか、いつの間にか地面へ姿を消していた。
「分かった」
魔物の少女は、老人にも聞こえるように、そう言葉にして答えた。ワラパワは意味が分からず、少し驚いている。彼女は老人の手から飛び降りると、エリアーデに無言で頷く。
「ワラパワより先に川辺が陸に上がらないと約束しよう」
川の精霊はそう言うと、濁りきった水の中から、手元に大きな枝を取り出した。杖に良さそうな長さの、しっかりした太さの枝だ。目の前に浮き上がった杖を、ワラパワは不思議そうに受け取る。
エリアーデが魔術でやったと思ったのだろう。老人に礼を言われ、慌てて訂正しようとしたが、川の精霊が手でそれを制止する。老人がふっと笑うと、初めて川の精霊も口元を緩めた。
「今日は色んなことが起きるな。この川はセグマグァというんじゃ。子供の頃は良く釣りをしたもんじゃが……ん?」
自分の服の裾が引かれるのに気付き、老人はヴァルアナへ視線を落とす。
「爺は、後からゆっくり歩いて来て。
私はエリアーデさんを手伝うから」
「しかし……」
「大丈夫。もう危ないことはしないから」
それは嘘だ。エリアーデは申し訳ない思いだったが、彼女を援護する用意は出来ている。この川の精霊セグマグァだって同じ思いのはずだ。
ほんのついさっきまで、ワラパワはこの孫娘が心配で仕方がなかった。しかし、ヴァルアナの瞳と目が合うと、不思議と不安が消える気がした。今、この子の側には、きっとテオドール老師が付いている。
「よし分かった。気を付けるのじゃぞ」
老人に頷くと、エリアーデとヴァルアナは、アリオたちの側へ駆け寄って行った。




