第20話 テオドールとの出会い
これ投稿したの日曜でしたね。
※2021/10/28より改行修正入れております。内容には変更ございません。
森の中では雨が降っていた。
目の前で揺すっていた女は、もう動かなくなってどれぐらいだろうか。その女は、自分とお揃いのニット帽で、短い銀髪を隠している。手はあかぎれでボロボロになっており、顔もかなり肌荒れしていたが、優しげな顔で地面に横たわっているのだ。
ずっと泣いていたような気もするが、もう何をしても女が目を覚さないと分かってからは、無表情で呆然と座り込むだけだった。
『大丈夫?』
急に頭の中に声が響いた。
『…ほっといて……』
姿の見えない声に、頭の中でそう返事をした。
『あんまり大丈夫じゃなさそうね。待ってて、いまテオを呼んで来てあげる』
『……テオってだれ?』
返事は帰って来なかった。
後ろから草をかき分ける足音がしたが、振り返る体力が、もう残っていない。
「やあ、酷い雨だね」
声の主はそのまま近付いて来ると、しゃがみ込み、冷たくなった女の首に指を当てた。女が死んでいることを確認すると、そのまま女を仰向けに綺麗に寝かせ、胸の上で手を組ませる。
そして、最後に自分のローブを脱ぐと、女の上にそっと被せた。
「さて。君のお母さん? かな? これでもう風邪は引かないから、今日のところは家へ帰ろう。私も風邪を引くと叱られるから、良ければ泊めて貰えると嬉しいんだけど、君の家に案内してくれないかな?」
見上げると、深い海のような蒼い髪、蒼い瞳をした聡明な顔立ちの男がこちらを覗き込んでいた。襟足がやけに長い。ついでに妙に長い木の棒を持っていた。
襟足の長い男は信用ならないって、いつか母さんが言っていた気がする。
「叱られるって、だれに…」
声を絞り出すと、男は嬉しそうに微笑んだ。
「怖〜い、女の人!」
男がそう言うと、また頭の中に不思議な声が響いた。
『それって私たちのこと? あなたが困ってたから、せっかく森を案内してあげたのに、いい加減にしないと私たちも、他のみんなみたいにあなたのこと見捨てちゃうから!』
「ええっ!? それは困る! ごめん! ごめんって!」
姿の見えない声に、頭が上がらない様子の男を見ていたら、なんだかとてもおかしく思えて来た。気がつくと座り込んだまま、クスクスと笑っていた。その様子を見ていた男は右手を差し出し、安心したようにこちらへ尋ねる。
「君、名前は?」
「はあ? そっちが先に名乗れよ」
「うわっ。君、けっこう口悪いなあ。もう、しょうがないなあ。テオドール・アンジェリコだよ」
男はめげずに右手を差し出し続ける。
まあいいかと思い、その右手を取った。
「………アリオ」
「え?」
「だから、アリオだよ、名前! 苗字なんて上等なもんはねーけどな」
「ふーん。アリオか」
「なんかおかしいか?」
「いや、いい名前だなと思って。うん。響きが良い」
「…そうか? お前って、なんか変わってるな」
「そうだ! アリオ。今度から私の苗字を名乗っていいよ! うん、そうしよう。君は今日からアリオ・アンジェリコだ!」
「い・や・だ・よ! なんで名前と苗字の最初の文字一緒なんだよ! 呼びづらいだろ!」
「あははははは……」
笑いながら、森の奥に2人は消えて行く。
目が覚めて、夢だったことにアリオは気が付いた。天井を見上げる視界が滲む。
「ちくしょー……」
アリオは震える声で、小さく呟いた。




