第2話 橋の下で
お昼ご飯は炒飯になりました。
冷凍炒飯ありがとう。
※2021/10/28より改行修正入れております。内容には変更ございません。
少年は、今日も石橋の下の粗末なあばら家で目を覚ました。この石橋は中央から大きく崩落し、もう橋としては機能していない。橋の橋脚を構成する石や、両端の道に繋がるレンガの柱はボロボロで、柱に附属していたであろう街灯は、先が折れて失くなっていた。
しかし、何かが壊れているなどというのは、この街ではさして珍しいことでは無く、街灯のほとんどは折れているか、ガラスが割られ、中の灯りが盗まれて失くなっている。
それどころか道の舗装は剥がされ、土が剥き出しになっており、ゴミや吐瀉物があるだけならまだしも、所々に死体が転がっていた。
死体は白骨になるまで放置されたものから、内臓がほとんど飛び出ているもの、真新しく血色の良いものまで様々だ。まだ生きていて、呻き声が聞こえることもあった。しかし、呻き声を上げる者を介抱する気配は無く、やがて声は聞こえなくなるのが常である。
建物の半分以上は外壁が剥がれたり、ガラス窓が割れており、そうでない建物は、ほとんどが入り口や窓に板が打ち付けられていたり、どこから入るのかすらよく分からない。
そして大半の建物の外壁には、粗末な板やボロ布で雨除けした、小さな箱のようなあばら家がびっしりと並んでおり、その中に、空虚な瞳をした行き場のない浮浪者が暮らしていた。
干拓地であるこの街で、住人たちが整備しているのは井戸だけだ。
昨日の雨のおかげで井戸は潤い、空は青く晴れ渡っていたが、少年の目の前の水路は茶色く濁り、悪臭を放っていた。意識すると鼻につく、嫌な匂いである。少年は顔を顰めた。
目の前の水面にうつ伏せの死体が、今朝は2人浮いていたのだ。昨日のうちに何人か捨てられたのだろう。
道が通れなくなるので、水路に捨てるだけマシなのかもしれないが、2人は停船用の係留杭に引っかかっていて、そのうち異臭を放ち始めるに違いなかった。
係留杭に停まっているはずの船は、ここに住み始めてから一度も見たことがなかった。代わりに停留している彼らを退けなければ、異臭で落ち落ち寝ていられなくなる。
嫌々起き上がった少年に、隣から声を掛ける者があった。
「おはよう、アリオ。そうやって毎日顔を顰めても、ここは良い匂いにはならないからな」
少年に声を掛けたのは、ボロを纏った中年の男であった。手持ち無沙汰なのか、それとも朝の習慣なのか、無造作に伸ばした黒髭を手でくるくると弄っている。
「ああ? わーかってるよ、うるせえな」
アリオと呼ばれた少年は、面倒くさそうにそう答える。彼は男と同じように頭からボロを纏っていたが、男とは違い、覗き込まなければ顔が分からないくらい、フードを深く被っていた。
中年の男は、寝床からやけに長い木の杖を取り出すと、死体を下流へ押し流した。杖の上端には布袋が掛けられ、大きく膨らんでいる。流れ去って行く2人へ、男は両手を合わせて黙祷を捧げた。
アリオは、そんな男を無表情で眺めていた。ささやかな朝の祈りの中、突然、近くでガラスの割れる音と怒声が響き渡った。少年は小さく舌打ちする。
「またやってやがる」
少年の不機嫌に拍車がかかると、中年の男は争いの音に耳を澄ませ、小さく笑う。
「昨日来た奴ら、また何かやらかしたのか。忙しい世の中だ」
この街で、ならず者以外が建物の中に住むことは難しい。そしてならず者たちも、毎日取っ替え引っ替え縄張り争いを続けていた。言い争いはしばらく続いていたが、女の悲鳴が聞こえた瞬間、アリオがおもむろに立ち上がった。
「テオ、仕事に行ってくる」
アリオはテオと呼んだ中年の男へそう呟いた。テオは小さく頷くと、特に心配する様子もなく、淡々とアリオへ指示を与える。
「場所は、おそらくカーサスの宿屋。女以外に、昨日やられたチャーリーんとこの若い奴の声も聞こえた。肩を持つならチャーリー側にしとけ。しばらくは揉めねえだろうから、1週間分くらいは貰っておけよ。後は…」
自分の首から鎖を引っ張り出し、先に付いた銀の装飾を見せた。アリオも首に下げた鎖を引き上げ、揃いの装飾を見せる。コインのような円形の銀装飾で、別々の花が象られていた。
「安心しろ、ちゃんと持ってる」
アリオがそう答えると、テオは安心したように笑った。
「絶対に落とすなよ。行ってこい」
その言葉を聞くや否や、アリオは橋上へ飛び上がった。