第178話 老人の自宅
マックスの心に不安が広がります。頑張れマックス。
「意思ある大岩が3体も……それは難儀でしたな。この辺りは丘陵地帯でして、地盤が緩い崖もままあります。そのせいで昔から土砂崩れが多いもので」
ワラパワはそんなことを言いながら、危なっかしい足取りで森の中を進んで行く。一行は自己紹介や、先ほど魔物に襲われた話などをしながら、老人と魔物の少女が住む家へと向かっている。
セルンボビア村を出てから、段々と周りの樹齢が若くなり、木の根があまり張り出さないので、進みやすくなって来た。
そうは言っても、杖を突いて歩くにしては、かなりの悪路だ。いくら傍らの魔物の少女が支えているとはいえ、頻繁にこんな森を行き来して、廃村まで往復しているとは、信じ難い執念である。
アリオが短剣で藪を払うと、時々小鳥や小動物が飛び出し、尻尾を巻いて逃げてゆく。もしかすると、まだ魔物が潜んでいるかもしれない。緊張感を失くさぬように進むが、それを置いても大陸南東の森は、随分明るいと感じていた。
自分が昔住んでいた北東の森とは大違いだ。この気温差だと、本当にほとんど雪も降らないのだろう。先ほど見たセルンボビアの家々の造りも、降雪を想定したものではなかった。
「あのう…いくら土砂災害が多いにしても、魔物化している精霊が多過ぎる気がします。隣村のカランドリアの人々は、そんなに災害を…精霊を恐れているのですか?」
エリアーデが、やはり歩きにくそうにしながら老人へ尋ねる。彼は皺くちゃの顔を歪めると、小馬鹿にしたように笑った。エリアーデのことを笑ったのではない、隣村のことをである。
「精霊を恐れる……? 違いますな。
彼らはバテルマキアに屈したのです。女神との約束を破り、信仰を捨てた、あの腐れた都市にね」
「爺、もう家だよ」
表情に憎しみのこもる老人の気を逸らそうと、ヴァルアナが声を掛ける。彼女が家と言った物を見て、マックスは絶句した。目の前にあるのは本当に掘建小屋…いや、それよりも酷かったからだ。
大木を中心に、木の板を円錐状に立て掛け、その上から、布やら何か植物の大きな葉やら、歪に縫い合わされた物が掛けられていた。これではろくに雨も凌げないのは明らかである。
一方のアリオは、掘建小屋を見ても、別段驚かなかった。犯罪都市ドロアーナの浮浪者の方が、かつては酷い生活だったかもしれない。年齢を考えれば、こんなものだろうし、魔物の彼女が代わりに家を建てることも、難しいと予想がついていた。
「あ、あのこれって……」
何か尋ねようとするマックスを、エリアーデが手で制止する。事情が良く分からない以上、下手な同情は禁物だ。それよりも、まずは情報収集である。老人から異臭がしないことを考えると、近くに水場があるはずだった。
「よろしければ、ヴァルアナさんを水浴びさせて来ても良いでしょうか?彼女が今着ている服も汚れていますし、服を見繕うついでに、洗濯もお手伝いします」
「いや、そこまでして貰うのは…」
「爺、私も水浴びしたいなあ。それに、女の人だけで連れて行ってくれるでしょう?」
ヴァルアナがそう言うと、エリアーデが「もちろんです」と答える。ワラパワは逡巡したが、少女の嬉しそうな様子に同意した。
エリアーデとサラマーロが魔物の少女と共に何処かへ去ると、マシューが本題を切り出す。
「本当に、俺たちがカランドリア村へ入って大丈夫ですか?あなたが村の一員とは到底思えない。それにここは……結界のギリギリ外だ」
マックスは掛ける言葉が出て来なかった。確かに、防御結界を潜る様子は、一切見られなかったのだ。アリオも同じことを、気にしているのだろうか。どうも先ほどから、アリオ、マシュー、エリアーデの3人はよそよそしい。
老人はくっくと笑って見せる。
「同じことじゃよ。すぐそこが結界じゃから、魔物は近寄らない。それに、カランドリア村がそろそろ行商人に、来て欲しがっているのは本当じゃ」
アリオが家の板の具合などを手で確かめる。あちこち腐っているようだ。隙間から覗く中の様子も、不揃いな板の上に、汚い布が敷いてあるだけである。しばらく考えて、アリオは老人へこう提案した。
「セルンボビアの、あなたの家から資材を運ぶのを手伝います。差し支えなければ、柵などから使えそうな板も取らせて下さい」
「構わんが、どうするのかね?」
「俺たちはこの近辺の情報収集がしたいので、結界内への侵入方法と、カランドリア村へどう話せば良いか教えて貰えると助かります。
代わりに、家の修繕を手伝います。このままだと、夏から秋の大雨で持たない。あなたはともかく、お孫さんを濡らしたくないでしょう?」
ワラパワは黙り込んでしまった。現在、現金はほとんど通用しないので、隠れ里の村々では、物々交換が原則である。その隠れ里にすら所属していないという、この老人にとっては、メリットが大きいはずだ。
「……ありがとうございます。警戒されるといけないので、ヴァルアナが戻ったら、儂が案内しましょう。修繕はノニールさんにお願いしても良いかな?」
「え?俺?」
マックスは驚いて、アリオとマシューを交互に見る。2人ともこちらには目を向けず、何やら思案している様子だ。やがてマシューが口を開いた。
「それには及びません。あなたは今日はもう休まれた方が良い。それと、彼は魔力無しなので、魔導士の俺が修繕した方が早い。このアリオを置いて行くので、ここで待っていて下さい」
――さっきからなんか変だ。2人も、エリアーデも。
マシューはそう言うと、ついて来るよう促してくる。2人がぎこちない理由は、見当もつかなかったが、マックスは黙って従うしかなかった。




