第175話 村の守人
セルンボビア村、ちょっと怖いと【1号読者】に突っ込まれました。そうでしょ〜。あ、ホラー小説ではないです。
「付き合ってくれて、ありがとう。もう行こう」
マックスの声に意識を戻すと、彼は先ほどの紐飾りから、あの首がほつれたぬいぐるみを切り取っていた。それを丁寧に布に包んで、鞄の中へ入れている。
その時だった。
エリアーデが何か叫んでいる声が聞こえたのは。
悲鳴ではなかったが、こっちを呼んだような気がする。マックスと顔を見合わせると、子供部屋から飛び出した。
すると、廊下の向こう側にある入口に、誰かの影が見える。
「誰?勝手に人の家に入っているのは!」
その声は小さな少女が発したものだった。見た目は10歳といったところだろうか。しかし、目の前の彼女は、見るからに人間ではない。
青い肌に金髪のボブヘアー。その髪を覆うような大きな花は、黄色に紫の斑点があり、毒々しいことこの上ない。白眼のない赤い瞳は、ルビーを顔に埋めているようにしか見えなかった。
少女は腰に手を当て、あまり似合わないピンク色のワンピースを、ふりふりしながら近寄って来る。その滑稽な様子を見て、マックスはすっかり警戒心を失ってしまった。眉間の皺からして、どうやら少女は怒っているつもりらしいが、眉毛がないのであまり怖くない。
「ごめんね。君の家だったのかな…」
そう言って魔物に近づこうとするマックスを、アリオは手を前に出して制止した。こちらも軽く睨み返す。魔力が全くない彼には、精霊を見ることは出来ない。見えているということは、すなわち異種族か魔物に違いなかった。意識を集中させ、相手の核の位置を見定める。
――核がある。やっぱり魔物だ。
でも、なんだこの魔物…?核が……銀のチャームだ!
透けて見える少女の頭部に、小さな魔除けの銀のチャームが浮かんで見える。それも、花の形を象った、少しだけ上等な物だ。しかも、彼女の魂であるそれには、澱みが全くなかった。つまり、恐怖を集める類の魔物ではない上、彼女自身にも全く悪意がないということである。
アリオがホッとしたのも束の間、マックスは自分を制止する彼の手を押し退けた。若干の軽蔑を込めて、思わずアリオを睨み付けると、少女を怖がらせまいと声をひそめる。
「おい、アリオ。子供相手に聖剣抜く気だっただろ」
聖剣という言葉を聞いて、少女はビクッと身体を震わせた。その愕然とした表情は、見るも明らかな恐怖で染まっている。
見た目で判断するなと、彼に言い返したかったが、まずこの少女が誰なのか、確認するのが先決だろう。アリオは小さくため息をつくと、両手を広げて彼女に尋ねる。
「何もしない。君がこの家に住んでるの?」
少女はこちらを恐々と睨み付けたまま、しばらく質問に答えなかった。しかし、入口にエリアーデたちが駆けつけ、板挟みになると、観念した様子でこう言う。
「違うよ。私はここの村長の指示で、村を管理してるだけ」
「村長?村長が生きてるの?」
マックスは、つい素っ頓狂な声を上げてしまった。村長なんて会ったことはないが、村はまだ機能しているのだろうか。彼の目は思わず輝いたが、その淡い期待はすぐに裏切られることになる。
「爺1人が生き残ったから、村長ってだけ。もうここには住んでないし」
それを聞いて、彼が露骨に肩を落とすのを、アリオは見ていられなかった。
戸口の外に立っていた3人は、警戒しながら中のやり取りを伺うが、やがてサラマーロとマシューが、村の入口からの呼び声に気が付く。
「ヴァルー!ヴァルアナ!どこじゃー?」
その声に反応するように、彼女はくるっと向きを変え、村の入口に向かって叫んだ。
「ここだよ、爺!コラトリアさんの家ー!
珍しくお客様みたい!チャーム持ちだから、行商の人かもー!」
どうやらこの魔物の少女の名前は、ヴァルアナというらしい。彼女はアリオたち5人に目配せすると、口元に指を1本立てる。赤い吊り目を細めながら、こちらを牽制している。
「私、爺の孫なの。話の調子合わせて。魔物だってバラしたら殺す。あと、爺に何かするなら殺すから」
嘘だ。アリオはそう思った。先ほど見た核が綺麗だった通り、彼女は恐らく、今までに1人も殺していない。
また、こう言っては悪いが、特段強いようにも見えなかった。植物の魔物だろうから、焔を操るマシューが相手取れば、ひとたまりもないだろう。
何より、庇ってくれたマックスを見る彼女の瞳に、安心の光が灯るのを、アリオは見逃していなかったのだ。どうもこの魔物、訳ありのようである。
そんなことを考えているうちに、杖を突いた老人が、家の正面階段の下まで、おぼつかない足取りで辿り着いた。




