第172話 フレア撤退の理由
そういえば、そうですね。なんででしょう。
「フレアもヴァリグオンを取り戻す機会を狙ってるらしいが、たぶんここに居ても、しばらく来ないだろう。それより、俺自身を認めて貰う方が早い気がしてな」
「……一理ありますね」
エリアーデは口元に手を当てて俯き、彼がメンバーに加わる利点を勘案している。チャーリーは聖遺物なしでも、雷電の精霊の加護を受けており、幹部の魔物が相手でなければ、戦闘能力は申し分ないだろう。
「先ほどシアンさんが現れて、次の行き先は、東の交易地ノルンを指示されました。双斧ロクラムがあるそうです」
「閉鎖都市ノルンか……中の治安は良いって話だが、アインと違って、出て来た奴を1人も見たことがねえ。バテルマキアから人を買っている噂も聞くし、どうにもきな臭い街だな」
「ここから徒歩で1〜2ヶ月といったところでしょう。ノルンは大陸最西端ですから、最東端のドロアーナからでは、最短距離を徒歩で移動したとしても、4ヶ月〜半年はかかるのでは?」
「違ぇねえ。飛竜を使うとして、どうするかな」
映像のチャーリーが腕組みをして考え込む。ノルンで合流すべきか、その前にすべきか悩んでいるのだろう。大陸東側だと、彼の拠点はほぼ皆無のはずだ。目立つ行動は避けたかった。
「分かった。バテルマキア近郊で、また連絡する」
「……バテルマキア?危険ではありませんか?」
エリアーデの言うバテルマキアとは、大陸でも名高い人身売買の里だ。『不滅の滝』という巨大な滝の中にあり、霧に覆われて誰も侵入できなかった。3年前までは。
3年前、突然滝の水が枯れてしまい、それ以来バテルマキアに探索に入った者は、音信不通になっている。たとえば、アインで知り合った吟遊詩人カンツォーネが、その1人である。チャーリーも部下の1人と連絡が取れないと言っていた。
「……アリオ。パーカーを覚えてるか?」
チャーリーが突然、真剣な表情になったので、アリオは思わず身構える。犯罪都市ドロアーナのパーカーといえば、1人しかいない。
「パーカーって、No.2のパーカーでしょ?ドロアーナの魔導士のトップの」
「…………そうだ。バテルマキアに探り入れさせて、行方不明になったのは、そのパーカーなんだよ」
「…………!!!」
思わず絶句するアリオの顔を見て、全員が悟った。
吟遊詩人のカンツォーネもそうだったが、そのパーカーとやらも、相当実力のある魔導士に違いないと。バテルマキアでは、間違いなく異常事態が起きている。
「だから、俺は先にバテルマキアでパーカーを捜索する。この2年そのつもりで、留守を預ける準備もして来た」
「いや、ちょっと待って。それなら、俺も気になる人がいるから、近くで合流して一緒に行きたい。ダメかな?」
アリオは全員へ振り返った。カンツォーネのことを言っているのだ。しかし、誰も何も答えない。アリオの顔に不安の色がよぎる。
正直に言えば、寄るべきではないと、エリアーデは思った。調査に行きたいのは山々だが、手練れの魔導士が2名も消息を絶っている。
気温が上がって来たのか、生温い風が漂い始めた。
誰も何も言わないことに、失望したような表情のアリオを見て、マシューが口を開く。
「合流地点は、また後で決めれば良い。
チャーリー、出発する時に連絡をくれ。こちらは先に、バテルマキア周辺の隠れ里で、情報収集をしておく。それでどうだ?」
彼がエリアーデの方を見やると、彼女も納得した様子で頷いた。確かに、バテルマキアはノルンへ向かう途中にある。行くか行かないかを決めるのは、情報収集後でも問題ない。
「分かった、決まりだな。それと、エリー」
「……エリアーデです」
エリアーデはあからさまに不愉快な表情を見せる。やはり、彼のことを露骨に警戒しているようだ。さすがのチャーリーも、少し困り顔になった。
「うーん…分かった。エリアーデ。
"凪"について、さらに調べて分かったことがある。精霊暦10,500年・4の月・25日、つまりドロアーナがフレアに襲われた日だ」
そこまで聞くと、彼女もさすがに耳を傾けた。今はまだ良いが、いずれ魔王と対決するのであれば、知らなければならないことがある。すなわち、魔王がどうやって人心を乱しているのか、ということだった。
「突然"魔が差して"、街中の人心が大きく乱れたが、すぐにまた"凪"に戻った。聴き取りの結果、それは聖剣が落ちた前後だと分かった」
「………!」
「聖剣に魂が宿った日にも、同じようなことが起きているし、やはり聖剣とは何か関連がありそうだ。それと、もう1つ気になってることがあってな」
エリアーデが眉をひそめるのを見ると、チャーリーはおもむろに切り出した。
「何故フレアは撤退したと思う?」
その言葉の意味を咀嚼するのに、アリオは時間が掛かった。炎の魔物フレアは、シアンが天から落とした聖剣に片腕をもがれ、恨み節を唱えながら飛び去ったのだ。
聖剣以外に、何か理由があるだろうか。
そう思ってエリアーデを見るが、彼女は予想よりも深刻そうな表情で考え込んでいた。
「私もそれを不思議に思っていました。
最大戦力のテオドール老師は死亡。聖剣には魂が宿っておらず、その場で使える可能性はほぼゼロ。ヴァリグオンも同様です。あの場で使えたのはソウル・スフィアだけでした」
「それだって引き継いだばかりで、使いこなせたわけじゃねえ。俺があいつなら、その場でアリオを殺してたぜ。その方が早い」
チャーリーが物騒なことを口にするので、エリアーデは鋭く睨み付ける。彼は弱ったように両手を広げ、悪気はなかったと、表情で弁解した。
「三大禁忌……とか?」
サラマーロが、突然そう口を挟んだ。




