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誰が為の勇者  作者: 空良明苓呼(旧めだか)
第3章 地下神殿と砂の海獣
144/601

第144話 医院での引き継ぎ


 そういえば、そもそもの目的が電子顕微鏡でしたね。え? 忘れてませんでしたとも。


※2021/12/15より改行修正入れております。内容には変更ございません。



 精霊暦(せいれいれき)10,503年・5の月・8日。

 アリオたちが宝物殿破りをしてから1週間後。


「本当に虫が居ます!」


 期待混じりに機械の画面を覗き込んでいたエリアーデは、ベルガー医院のスタッフと共に歓声を上げた。そこには今まで見たこともない、奇々怪界な生物が映っている。


 これがダニなのかとクリストファーに尋ねると、彼らの世界とは形が多少異なるとのことだった。しかし、皮膚病患者とそれ以外の人間を比較したところ、原因はこの虫で、まず間違いないという。


 クリストファーたちの世界の薬が、有効かどうかは断言できないが、形の近い生物は似た性質であることが多いらしい。試す価値はあるだろうと、ベルガー医師が言っていた。


「何を食べているか確認するのには、もう少し時間が掛かると思うけど、寄生虫用の薬の治験は開始して良さそうだね。幸い処方箋と薬が一緒になってたし、詳しく書かれた書類も、ナズナたちが見つけてくれたしね」


 ベルガー医院を引き継ぐことになった、メイリン・リー医師へ、クリストファーは向き直った。その隣には、彼女の従姉妹であり、国家魔導士でもあるユリアンが立っている。彼女は城の診療所で医師を兼務しているのだ。


 ユリアンとメイリンは、背格好こそそっくりだったが、吊り目のユリアンに対して、メイリンは垂れ目だった。また、ベルガー医院では全員が白衣を着用しており、メイリンも例に漏れず白衣姿である。


「僕らの世界では安全性の確認されている薬ですが、この世界の人間に副作用がないとは言い切れません。最初に投与する方はこの用法で、妊産婦や持病があるなど、こちらに書かれたような症状のある方は避けて下さい」


 そこまで説明すると、注意点を記した書類や、翻訳した説明書などを2人へ渡す。ベルガー医師の居ない今、『科学屋』で出来る限りの引き継ぎをしなければならない。


 エリアーデは、彼のこんな真剣な表情を見るのは初めてだった。もしかすると、ベルガー医師のその後を説明してくれた日は、こんな顔をしていたかもしれない。しかし、色々といっぱいいっぱいだったので、彼の顔を良く見ていなかった。


「それと、ここまでまとめましたけど、僕らは専門家ではないので、お渡しした説明書原本の翻訳は、医師の(みな)さんで必ず目を通して下さい」


 クリストファーは()()と念を押す。エリアーデはこの説明書に、ただただ感嘆するしかなかった。もし翻訳が一言でも間違っていたら、命に関わるかもしれないのだ。


 翻訳作業はナズナが読み上げて、ルカが自動筆記で仕上げていたが、機器類の設置に間に合わせるために2人は1週間、ほとんど掛かり切りだったらしい。


 翻訳ミスがないかどうかの最終チェックには、『科学屋』総出で徹夜したというから、舌を巻いてしまう。おそらくかなり精度良く、翻訳出来ているはずである。


 鉄仮面と噂されるユリアンも、これにはさすがに口元が緩むのではないかと、エリアーデとクリストファーは密かに期待した。


「私も驚きました…まさか目に見えない虫が本当にいるとは」


 ユリアンが眉ひとつ動かさずにそう言うと、2人は思わず肩から力が抜けてしまう。がっかりするのもおかしいが、やはり本日も安定の無表情である。そんな様子を見て、メイリンはにっこりと微笑んだ。どうやら彼女の琴線には触れたようだ。


「ベルガー先生も以前、同じ仮説を立てられたことがあったそうなので、私は信じていました。治験の前に『複製の衣装箪笥』で、ある程度増やしてしまいましょう」


 彼女はそう言うと、従姉妹の国家魔導士ユリアンの方へ目配せする。自分には分かる。彼女が今どれだけ喜んでいることか。


 予想通り、彼女はすぐに複製の許しを出してくれた。


「…そうですね。『複製の衣装箪笥』の使用を許可します。薬の生産が可能になるまでの長期保管方法もすぐに検討しましょう」


 メイリンの中で、心の荷が下りる音がした。皮膚病の根本治療は、ベルガー医師の念願の1つだった。亡くなった母は看護師であり、いかに素晴らしい医師と共に従事しているか、口癖のように語ってくれていた。


 そんな母は、医師のある秘密を知っていたのだ。


 彼は休養日になると、必ず城門の外へ出る。元の世界の医学書や新聞、雑誌を漁るためであった。きっかけは、帰る方法を探すためだったらしいが、ある日見つけた医学書が彼の人生を変えた。


 それは彼にとって、未来の書物だったという。そこに記載された新技術に、彼は目を見張った。自分には、まだここで出来ることがあるのではないか。医療器具も何も揃っていなくとも、作れば良いではないか。


 彼は一念発起すると、リー家の診療所を訪ね、自分の知り得る限りの医療を尽くし始めたという。そして休養日のたび、砂漠に出ては書物を探し、本屋通りで新しい書がないか、頻繁に尋ねて回るようになったのだ。


 元の世界への執着が強い変わり者だと、後ろ指を差されても、彼は歩みを止めなかった。この国の医療にどれだけ貢献したことだろう。


 アレルギーと皮膚病、この2つの病は、ベルガー医師の最大の課題の1つだったのである。そしてついに、解決の糸口を残してくれた。


「ベルガー医師には、本当に感謝してもしきれませんね……」


 メイリンの目が潤むのを見て、ユリアンの口角がそっと上がるのを、2人は見逃さなかった。やはり、ユリアンも優しく笑うことがあるのだ。ベルガー医師もそうだったように。


 これ以上ない謝礼に、エリアーデもクリストファーも、言葉が出なかった。


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