第13話 魔物の襲撃
典型的な展開?
※2021/10/28より改行修正入れております。内容には変更ございません。
ため息をつくと、杖、自分とアリオの荷物、そしてララのリュックを背負う。そして、少し危なっかしい足取りで、テオは橋のたもとの階段を上った。もうほとんど壊れかけている石段だ。
1番上の段に辿り着くと、まるで当然の如く、階段は下から崩れ落ちる。遅かったぐらいだろう。後ろで崩壊するそれを、振り返る間も惜しい。
テオは舗装のない道沿いに、建物の半分以上が、燃え上がっていることを確かめる。
「やれやれ。"凪"が先に終わると思ったが、まさか魔物に襲われるとはな」
そして、布袋のかかった杖を大きく振った。その動きに合わせて、水路の表面がワッと盛り上がったかと思うと、おびただしい量の水が大蛇のように宙に浮かび上がり、燃え盛る建物にぶつけられる。
轟音と共に建物の火がかき消され、老朽化の進んだ建物は、そのまま崩れ落ちたり半壊してゆく。やがて周辺は静かになった。瓦礫の山だ。
橋の下の浮浪者たちは、奇跡を目の当たりにした顔でこちらを見上げ、道を逃げ回っていた人々は消火された建物を見て立ちすくんだ。
唐突に、背後から自分を呼び止める声がした。アリオではない。良く知った少女のものだ。
「やっと見つけました。テオドール老師!」
懐かしいその声に、思わず振り返る。
最初に金髪の美丈夫が目に入ったが、その横に、こじんまりとした、幼なげな修道女を見つけた。髪も瞳も澄んだ水色をしており、見目麗しいのは相変わらずだ。彼女を精霊だと言っても、誰も疑わないだろう。
その流れるような長髪を振り乱し、彼女は腰に手を当てて怒っている様子である。この顔には昔から弱い。
「リ…いや、エリー!」
「捜しましたよ? どうして突然、5年も不在にしたのです?」
エリアーデは戸惑うテオ、改めテオドールへ駆け寄ると、おもむろに飛び上がって抱きついた。今にも泣きそうな潤んだ瞳でテオドールを見上げ、両手を握ってポカポカと叩く。
金髪碧眼の美丈夫が、そんな2人の様子を、半ば呆れたように見ていた。
「そいつで合ってたみたいだな? しかし、俺の街にあっという間に火をつけやがって。用事が済んだなら俺は行くぞ。この火事の元凶に落とし前をつけたい」
彼は顔を激しく歪ませる。途端に、壮絶な怖気が身体中を走った。
噂では聞いていたが、初めて見る。彼がチャーリーに違いないだろう。そう一目で分かるほど、彼の剣幕は凄まじかった。この街の総元締めの顔である。
碧い海のようなその瞳は、今は瓦礫と化した建物を鋭く刺している。こんなに荒廃していても、彼が長年掛けて修繕を繰り返して来た、自慢の街なのだ。彼の心境は痛いほど伝わって来たが、この魔物の正体は分かっていた。
「チャーリー、この魔物はまだ君の手に余る。私が手伝おう。消火の役にも立てると保証するよ」
「俺も有名になったもんだな。アリオとは面識があるが、あんたとは初めてだろう? まあ、今見てたさ。賢者だって聞いてたが、かなり大掛かりな魔法を使えるみたいだな。その黒髪はカモフラージュか?」
その返事に微笑んだ瞬間、新しい悲鳴が上がった。
それも1つや2つではない。消火された建物の前で、先ほどからパンを売り歩いていた女が腸を撒き散らして地面に崩れ落ちた。
「俺の家に何しやがる!」
鎮火した建物から出てきた、煤だらけの若い男が、肉切包丁で何度も女の腹を叩く。
エリアーデはテオドールから不安そうに離れ、辺りを見回した。
そこかしこで人が死んで行く。
刃物が無ければ石で、石が無ければ板で、板が無ければ素手で、チャームを持たない人々は、目に入った相手に見境無く暴力を振るい始めた。
これはもう、魔力の有無を隠している場合ではない。テオドールは覚悟を決めた。
どうか、聞こえるように、届くように。
そう祈る。
「落ち着け!落ち着くんだ!!」
空に向かって叫ぶと、その声は魔術で街中に大きく響き渡る。ほんの一瞬だった。その声に、街中の人間が、まるで時間が止まったように立ちすくむ。
「教会へ駆け込め!!」
人々はしばらく空を見上げていたが、チャームを持った人は、ハッと我に帰ると、一目散に教会へ逃げ出した。
街の住人が避難を始めると、テオドールはその場で髭を弄りながら思案する。そして目を瞑って索敵を始めた。頭の中に街の地図が走る。その地図に、先ほどから感じていた魔物の気配を重ねた。
「急に"凪"が…何がきっかけだ?」
努めて冷静に、考えを集中させる。やがて、脳裏の地図で追う魔物は、最も悪い位置に重なった。
「……まずいな、カーサスの店へ向かおう。元凶の魔物はそこに居る」
それを聞いて、チャーリーの眉間の皺が一層深くなる。近くで襲われている子供たちから、暴漢を引き剥がすと、溝落ちに一発殴り入れた。乱心するがまま暴れていた男は、倒れ込んだまま沈黙する。
力の弱い者から保護しないと危険だ。手近な部下たちに、避難誘導の指示を出す。
「住人を教会へ入れろ! 中にパーカーが居るはずだから、今日仕入れたチャームを、まだ持ってない女子供や親から配るよう伝えてくれ」
そして、たった今助け、震え上がって座り込んでいる姉弟へにっこりと話しかけた。親がしっかりしているのだろう。2人とも小さな銀のチャームを、ちゃんと首から下げていた。
「大丈夫。みんな魔王のせいで、ちょーっと頭が混乱してるだけだ。後のことは任せて、アイツらについて行きな。そのチャーム、落とすなよ」
姉と思しき少女は、泣いたまま黙って立ち上がる。無言で頷くと弟の手を引き、チャーリーの部下たちと一緒に走り出した。
「魔物はすぐそこのカーサスの宿にいる。街中を燃やされる前に、火をつけてる輩を止めなければ」
「私も行きます!」
カーサスの宿へ走り出したテオドールの背中を、不安げな顔のまま、エリアーデが追い掛けてゆく。
「消火は間に合わねえから後だ。ここは任せるぞ!」
部下たちが住人の救助を始めたのを確認すると、彼は煙の上がる方角をひと睨みし、先に行った2人の後を追った。




