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誰が為の勇者  作者: 空良明苓呼(旧めだか)
第3章 地下神殿と砂の海獣
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第100話 "知恵"の魔物


 今日はナイターなのでお酒と出会えますね。


 このチームだけ別のことやってますが、ちゃんと本編です。勝手にスピンオフとか混ぜてないです。


※2021/10/28より改行修正入れております。内容には変更ございません。



 マックスは初めて対峙する概念の魔物の威圧感に気圧されていた。目の前の少年は、広間が揺れ始める直前から突然大声で笑い出し、揺れが収まると腹を抱えたまま息を整え始めた。


 隣で冷や汗を流しているルカとナズナは、やはり相手の出方を伺っている。少年はひゅーひゅーと呼吸をしながら、呆然と自分を見つめる人間たちへ言葉を絞り出した。


「ああ、済まない。今日は珍客ばかりだな。いや、500年ほど前に、興味深いものを見つけたと言ったきり訪ねて来ない友人が居てね。彼と大賢者が遊びに来なくなってから外の情報には疎くなったが、随分とおかしなことになってるみたいじゃないか」


 魔物の言いたいことがさっぱり理解出来ない3人は、彼の言葉の続きを待った。少年はつまらなそうに彼らを眺めると重苦しそうに口を開いた。


「揃いも揃って用件も言えないのか? こっちは読書中だったんだが、僕に用がないなら帰ってくれ」


 それを聞いて、ナズナが慌てる。


「申し訳ありません。確かにあなたに用があります。私たちは『書籍の間』で頂きたいものがあって参りました」


「僕が見咎めなければ持ち出しは自由だ。アジフからそう聞いていないのか?」


 少年は口の両端を吊り上げ、まるで三日月のように不気味に微笑んだ。(つや)やかな黒髪に金色の瞳が輝いている。ルカは背筋に寒気を覚えたが、1番重要な部分を問わねばならないと思い、口を開いた。


「そこまではアジフさん教えてくれたんだけど、肝心の『書籍の間』はここじゃないのかな? 入れて貰えると有り難いんだけど」


 少年は嘲笑うような笑顔でルカと目を合わせると、玉座の肘掛けから右手を握り締めたまま、目線の高さまで掲げた。


 石造りの玉座の両側に()え付けられた大きな松明が揺らめく。


 3人がその手に注目すると、彼は手の中から何かを落とした。指から銀色の鎖がぶら下がり、彼の掌ほどの大きさの装飾飾りが宙に揺れる。


 『選定の間』にあった聖遺物『審判の泉』が模されたその銀色の盤は、細かい装飾が施されており、泉の上にこの世界の文字で『ルカ・ハミルトン』と彫られていた。


 それを呆然と見つめたルカは、急に動転した様子で右手に小さな魔法陣を広げる。


「ええ? 嘘!? …僕の通行手形?!!」


 魔法陣から何も出て来ないので、ルカはみるみる顔が青くなった。彼は少年へ恐る恐る近寄る。


「か…返して貰えないかな? それ再発行するのに別の試験を受け直さないといけないんだけど…」


「ふん。こんなもの僕になんの価値もない」


 そう言うと少年は、自分へ詰め寄るルカに向かって通行手形を投げて寄越した。ルカはあたふたと通行手形を受け取ると、無事かどうか確かめる。


 そして手形をじっと見つめると、はたと気が付いた。


「そうか。『(しるべ)()し』の古代魔法…。この国に来る方法と同じだ。アジフさんは喋らなかったんじゃなくて、喋れなかったんだね」


「行商許可を取っている割に鈍い魔導士だな」


 ルカが「うっ…」と言葉に詰まると、ナズナとマックスが「どういうことですか?」「どういうこと?」と近寄って来た。


「アジフさんが言ってた"知恵(ちえ)"の魔物が出す課題っていうのは、どうやらこれみたいだね」


「つまり……『書籍の間』の入り口を探すこと自体が課題なのですか?」


 ルカの言葉にナズナが少年を横目で見ながら尋ねた。彼は微動だにせず、小馬鹿にした様子でこちらを笑っている。


「ルカさん、もしかするとさっきまでみたいに、この広間に仕掛けがあるんじゃないですか?」


 マックスの言葉にルカが頷くと、魔法陣を2重に広げて歩き始めた。少年がクスクスと笑うのを見ながら、ナズナは2人を呼び止めた。


「お2人とも待って下さい。ご挨拶がまだです」


 その言葉に、マックスとルカは驚いた。しかし、少年は笑うのをやめて金色の瞳でナズナを見()える。


「…ほう。抜けたのばかりと思ったが、まともなのも居るじゃないか」


「あなたは『書籍の間』の正式な管理人ですから、我々は当然の敬意を払ってしかるべきです。申し遅れましたが、私は…」


 自己紹介をしようとしたが、その声は遮られた。


「高原 なずな。異世界における典型的な色素欠乏症だが、この国に来た際にそれに伴う弱視や虚弱体質は完治。色素欠乏症に対する偏見から逃れるため、また幼少より親しんだ小説の舞台地を見るために単身渡英。留学先の大学で犯罪心理学を専攻、博士課程卒業。その後、紅茶好きも高じ、売れてはいなかったが推理小説家として英国で暮らす。合気道と薙刀の段位を持つ。他人への警戒心が強く、あまり自分のことを話さない。この中では知性がずば抜けて高いね」


 ナズナがその場に凍り付くと、少年はニッコリと微笑み、視線をルカとマックスへ移した。


「そっちの間抜けな魔導士がルカ・ハミルトン。アインの果物農家生まれで、魔法と魔術の腕は人並み。自身は長男だが、弟が農家を相続。探究心が強く勉強家で性格は温厚。大賢者の伝説に憧れ18歳で行商許可を取得。この国にしては早い方かな。頭もそれなりにキレるが、鈍感。本人もそれを自覚していてコンプレックスでもある。護身程度だが体術も嗜み、出荷専門の行商人として働き、それなりに腕も良い」


 恥ずかしそうに顔を赤らめ、ルカは「参ったなあ」と呟いた。


 (たの)しそうな少年は、目線をマックスへ移した。彼は魔物と視線が合うと、ビクッと身体を震わせた。


「そこの小僧はマックス・デオランテ。旧姓コラトリア。南方の森の隠れ里出身。アインへの入荷を担う行商人の両親の元に生まれたが、生後間もなくバテルマキアの奴隷商人との(いさか)いに両親が巻き込まれ、アインへ逃げ込むも両親は死亡。その後、アインのパン屋であるデオランテ家に引き取られ、温和な両親と兄を尊敬して育つが、家計や相続を心配し、教練学校卒業後は国軍に志願。魔力は全くないが剣術・体術の腕前は着実に向上中。頭はそこそこ、少々短気だが思いやりのある性格。自分が生まれた外の世界への憧れがあり、訓練卒業後は友人である聖剣の勇者アリオと、賢者エリアーデの旅に同行したいと考えている」


 ルカは「え!? そうなの?」と驚いてマックスの方を見た。


「良い根性してるな」


 彼は気まずそうに少年を睨み付ける。それぞれあまり知られたくないことを暴露され、全員が沈黙する中、ルカはため息をついた。


「さすがにゴージャ王同様、『神々に縛り付けられた者』だなあ。見たもの全ての情報が分かるって、なんか見られる側としては複雑だよ」


「神々に縛り付けられた?」


 ナズナは神妙な面持ちでルカへ聞き返した。


「そうか、君は知らないかもね。この世界の神々が約1万年前に地上を去る際、目に余る者に罰を与えて縛り付けたんだ。その頃、猛者とあれば闘いを挑み、聖遺物を破壊して回っていたゴージャ王がその1人」


「確か『傍若無人の罪』だっけ?」


 マックスがそう補足すると、彼は頷いて説明を続ける。


「………そう。神々は王を聖遺物『審判の泉』に縛り付け、宝物殿の管理者として統治を学ぶよう仕向けた。約1万年前、他にも数名そうなった者がいる。『行き過ぎた正義の罪』で、光の魔物シャーリーンが聖剣に縛られ、持ち主の命に従わなければならなくなった。そして…」


「『知り過ぎた罪』で『書籍の間』の管理人として縛り付けられたのが、この僕だ」


 少年は相変わらず玉座に腰掛けたまま、3人を嘲笑ったが、ひと通りの説明を聞き、ナズナは気を取り直すと少年へ近づいて尋ねた。


「それで、失礼ですがあなたのお名前は?」


「僕の名前? そんなものはない」


「いいえ。この世界の魔物は精霊が人間に近付き過ぎたものと伺いました。精霊であればまだしも、魔物であるあなたには名前があるはずです…もしや、言えないのですか?」


 少年は自分を真っ直ぐ見()えるナズナの色の薄い瞳を見つめると、今までになく優しく微笑んだ。


「………オフサルモイだ」


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