第100話 "知恵"の魔物
今日はナイターなのでお酒と出会えますね。
このチームだけ別のことやってますが、ちゃんと本編です。勝手にスピンオフとか混ぜてないです。
※2021/10/28より改行修正入れております。内容には変更ございません。
マックスは初めて対峙する概念の魔物の威圧感に気圧されていた。目の前の少年は、広間が揺れ始める直前から突然大声で笑い出し、揺れが収まると腹を抱えたまま息を整え始めた。
隣で冷や汗を流しているルカとナズナは、やはり相手の出方を伺っている。少年はひゅーひゅーと呼吸をしながら、呆然と自分を見つめる人間たちへ言葉を絞り出した。
「ああ、済まない。今日は珍客ばかりだな。いや、500年ほど前に、興味深いものを見つけたと言ったきり訪ねて来ない友人が居てね。彼と大賢者が遊びに来なくなってから外の情報には疎くなったが、随分とおかしなことになってるみたいじゃないか」
魔物の言いたいことがさっぱり理解出来ない3人は、彼の言葉の続きを待った。少年はつまらなそうに彼らを眺めると重苦しそうに口を開いた。
「揃いも揃って用件も言えないのか? こっちは読書中だったんだが、僕に用がないなら帰ってくれ」
それを聞いて、ナズナが慌てる。
「申し訳ありません。確かにあなたに用があります。私たちは『書籍の間』で頂きたいものがあって参りました」
「僕が見咎めなければ持ち出しは自由だ。アジフからそう聞いていないのか?」
少年は口の両端を吊り上げ、まるで三日月のように不気味に微笑んだ。艶やかな黒髪に金色の瞳が輝いている。ルカは背筋に寒気を覚えたが、1番重要な部分を問わねばならないと思い、口を開いた。
「そこまではアジフさん教えてくれたんだけど、肝心の『書籍の間』はここじゃないのかな? 入れて貰えると有り難いんだけど」
少年は嘲笑うような笑顔でルカと目を合わせると、玉座の肘掛けから右手を握り締めたまま、目線の高さまで掲げた。
石造りの玉座の両側に据え付けられた大きな松明が揺らめく。
3人がその手に注目すると、彼は手の中から何かを落とした。指から銀色の鎖がぶら下がり、彼の掌ほどの大きさの装飾飾りが宙に揺れる。
『選定の間』にあった聖遺物『審判の泉』が模されたその銀色の盤は、細かい装飾が施されており、泉の上にこの世界の文字で『ルカ・ハミルトン』と彫られていた。
それを呆然と見つめたルカは、急に動転した様子で右手に小さな魔法陣を広げる。
「ええ? 嘘!? …僕の通行手形?!!」
魔法陣から何も出て来ないので、ルカはみるみる顔が青くなった。彼は少年へ恐る恐る近寄る。
「か…返して貰えないかな? それ再発行するのに別の試験を受け直さないといけないんだけど…」
「ふん。こんなもの僕になんの価値もない」
そう言うと少年は、自分へ詰め寄るルカに向かって通行手形を投げて寄越した。ルカはあたふたと通行手形を受け取ると、無事かどうか確かめる。
そして手形をじっと見つめると、はたと気が付いた。
「そうか。『導消し』の古代魔法…。この国に来る方法と同じだ。アジフさんは喋らなかったんじゃなくて、喋れなかったんだね」
「行商許可を取っている割に鈍い魔導士だな」
ルカが「うっ…」と言葉に詰まると、ナズナとマックスが「どういうことですか?」「どういうこと?」と近寄って来た。
「アジフさんが言ってた"知恵"の魔物が出す課題っていうのは、どうやらこれみたいだね」
「つまり……『書籍の間』の入り口を探すこと自体が課題なのですか?」
ルカの言葉にナズナが少年を横目で見ながら尋ねた。彼は微動だにせず、小馬鹿にした様子でこちらを笑っている。
「ルカさん、もしかするとさっきまでみたいに、この広間に仕掛けがあるんじゃないですか?」
マックスの言葉にルカが頷くと、魔法陣を2重に広げて歩き始めた。少年がクスクスと笑うのを見ながら、ナズナは2人を呼び止めた。
「お2人とも待って下さい。ご挨拶がまだです」
その言葉に、マックスとルカは驚いた。しかし、少年は笑うのをやめて金色の瞳でナズナを見据える。
「…ほう。抜けたのばかりと思ったが、まともなのも居るじゃないか」
「あなたは『書籍の間』の正式な管理人ですから、我々は当然の敬意を払ってしかるべきです。申し遅れましたが、私は…」
自己紹介をしようとしたが、その声は遮られた。
「高原 なずな。異世界における典型的な色素欠乏症だが、この国に来た際にそれに伴う弱視や虚弱体質は完治。色素欠乏症に対する偏見から逃れるため、また幼少より親しんだ小説の舞台地を見るために単身渡英。留学先の大学で犯罪心理学を専攻、博士課程卒業。その後、紅茶好きも高じ、売れてはいなかったが推理小説家として英国で暮らす。合気道と薙刀の段位を持つ。他人への警戒心が強く、あまり自分のことを話さない。この中では知性がずば抜けて高いね」
ナズナがその場に凍り付くと、少年はニッコリと微笑み、視線をルカとマックスへ移した。
「そっちの間抜けな魔導士がルカ・ハミルトン。アインの果物農家生まれで、魔法と魔術の腕は人並み。自身は長男だが、弟が農家を相続。探究心が強く勉強家で性格は温厚。大賢者の伝説に憧れ18歳で行商許可を取得。この国にしては早い方かな。頭もそれなりにキレるが、鈍感。本人もそれを自覚していてコンプレックスでもある。護身程度だが体術も嗜み、出荷専門の行商人として働き、それなりに腕も良い」
恥ずかしそうに顔を赤らめ、ルカは「参ったなあ」と呟いた。
愉しそうな少年は、目線をマックスへ移した。彼は魔物と視線が合うと、ビクッと身体を震わせた。
「そこの小僧はマックス・デオランテ。旧姓コラトリア。南方の森の隠れ里出身。アインへの入荷を担う行商人の両親の元に生まれたが、生後間もなくバテルマキアの奴隷商人との諍いに両親が巻き込まれ、アインへ逃げ込むも両親は死亡。その後、アインのパン屋であるデオランテ家に引き取られ、温和な両親と兄を尊敬して育つが、家計や相続を心配し、教練学校卒業後は国軍に志願。魔力は全くないが剣術・体術の腕前は着実に向上中。頭はそこそこ、少々短気だが思いやりのある性格。自分が生まれた外の世界への憧れがあり、訓練卒業後は友人である聖剣の勇者アリオと、賢者エリアーデの旅に同行したいと考えている」
ルカは「え!? そうなの?」と驚いてマックスの方を見た。
「良い根性してるな」
彼は気まずそうに少年を睨み付ける。それぞれあまり知られたくないことを暴露され、全員が沈黙する中、ルカはため息をついた。
「さすがにゴージャ王同様、『神々に縛り付けられた者』だなあ。見たもの全ての情報が分かるって、なんか見られる側としては複雑だよ」
「神々に縛り付けられた?」
ナズナは神妙な面持ちでルカへ聞き返した。
「そうか、君は知らないかもね。この世界の神々が約1万年前に地上を去る際、目に余る者に罰を与えて縛り付けたんだ。その頃、猛者とあれば闘いを挑み、聖遺物を破壊して回っていたゴージャ王がその1人」
「確か『傍若無人の罪』だっけ?」
マックスがそう補足すると、彼は頷いて説明を続ける。
「………そう。神々は王を聖遺物『審判の泉』に縛り付け、宝物殿の管理者として統治を学ぶよう仕向けた。約1万年前、他にも数名そうなった者がいる。『行き過ぎた正義の罪』で、光の魔物シャーリーンが聖剣に縛られ、持ち主の命に従わなければならなくなった。そして…」
「『知り過ぎた罪』で『書籍の間』の管理人として縛り付けられたのが、この僕だ」
少年は相変わらず玉座に腰掛けたまま、3人を嘲笑ったが、ひと通りの説明を聞き、ナズナは気を取り直すと少年へ近づいて尋ねた。
「それで、失礼ですがあなたのお名前は?」
「僕の名前? そんなものはない」
「いいえ。この世界の魔物は精霊が人間に近付き過ぎたものと伺いました。精霊であればまだしも、魔物であるあなたには名前があるはずです…もしや、言えないのですか?」
少年は自分を真っ直ぐ見据えるナズナの色の薄い瞳を見つめると、今までになく優しく微笑んだ。
「………オフサルモイだ」




