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猫の額の賢者さま! ~不正選挙で追放されたので、懐いてきたメイドと小さな土地で新生活を始めます。結界が破れたから帰ってこいと今更言われても各国要人に頼られてるので無理です~

「やあやあアルマル博士。今日の『極大結界』の調子はどうですかな?」


「良好ですよ、エラス卿」」


 最高議会塔の廊下で声をかけられて足を止める。私の後ろでニヤニヤとわざとらしい笑みを浮かべているのは国政省の長官、エラス卿だった。外国で各種の学問を修めた才人で、父親の跡をついで長官職についたエリートという話だが……どこの学会でも彼の名を聞いたことがないという不思議な人物だ。


 その横には腰巾着のゲランもしっかりくっついている。


「それはそれは『賢者』様々ですなぁ。なにしろほら、『極大結界』は我々には見えないものですから」


「……いえいえ」


 エラス卿がなぜかさらに口角を歪め、周りからはクスクスと笑い声が漏れる。何がおかしいというのだろう。


「それでエラス卿、なにかご用件が?」


「ああ、そうだった。あとで大事な話があるから吾輩の執務室へ来てくれたまえ」


「今日ですか? 今日は結界の調整が……」


 そんな急なことを言われても困る。そもそも私は学術省の人間ではないのだから国政省のエラス卿から一方的に呼びつけられる謂われもないのだが……。


「ちょっと! エラス卿はお前と違って忙しいんですよ!」


「そう言われましても」


「いや、どうしてもと言うならこちらから出向いてもいいとも。いいが……時間がなくなったぶん、学術予算の計算が粗くなってしまうかもしれませんなぁ」


 学術研究は国の基盤だ。それを削るようなことをすれば今はよくても何年かあとに大変なことになる。学問を修めたエラス卿が知らないはずもないし、それを盾にするからにはきっと本当に重大な話なのだろう。


「……いいでしょう。私から伺います」


「フフン、そうかね」


 なぜかまた周囲から漏れるクスクスという声の中、私はスケジュールを圧縮すべく足を早めた。


「なんなんだろう……?」


 私、オルト=アルマルが生まれたのは『賢者』の家系だった。


 目には見えないが国全体を包んでいる守護の力、『極大結界』。それを維持し続けるのが『賢者』であり、私の祖父のさらに祖父のそのまた祖父の……それこそ建国時からその務めを果たしてきたのが我がアルマル家になる。


 決して楽な仕事ではないが、国を守る仕事に誇りをもってあたってきた。そのはずだった。


「君の職について、国民に信を問うことになった」


「はい?」


 執務室の椅子に足を組むエラス卿の言葉が理解できず、私は思わず聞き返す。


「聞こえなかったのかねアルマル博士? 『賢者』という称号の必要性を今一度確認すると言ったのだ」


「必要性なんて……」


『極大結界』の維持には膨大な魔力と、アルマル家が磨いてきた知識や技術が不可欠だ。必要性など問う意味が分からない。


「いやいや、君の言い分も分かる。アルマル家が建国時に残した功績はりっぱなものだし、その子孫である君が特権を享受するのは当然だ。だがね、いつまでもそんな名誉職を置いていては国民が納得しないのだよ」


「名誉職ですって? いえ、私が言っているのはそういうことではなく」


「残念だがもう決まったことだ。続任したければ投票で勝ち取るしかない。そうだな、街に出て演説でもしたらいいんじゃないかな?」


『極大結界』は目に見えないが、それでも確かに存在して国を守っている。それを失うようなことになれば国の破滅だ。


「……いいでしょう。承知しました」


 そんなことは国民だって分かっているはずだ。よもや自分たちを守る盾を自ら捨てるはずがない。


 そう答えるとエラス卿は満足げに頷き、私は執務室を追い出された。


    ◆◆◆


 その夜。


「なんですか、それ! 失礼な話です! 無礼です!」


「こらこら、暴れるとシチューがこぼれる」


 アルマル家は爵位を持つ貴族である以上に学者としての側面が強い。両親は早くに亡くなり、家には家督を継いだ私と助手のカイル、それにメイドのリーシャが三人だけが暮らしている。


 今しがた尻尾の毛を逆立ててエラス卿に怒り心頭なのが猫人族ケットシーのメイド、リーシャだ。


「ご主人は人が良すぎるんですよ! ケットシーの流儀なら尻尾を切り落としてやるところですよ!」


「ないから。エラス卿に尻尾はないから。たぶん」


 なかったと思う。エラス卿の尻をちゃんと見たことがないから断言はできないけど。


「でも博士、本当に大丈夫なんですか? もしも投票で解任になんてなったら……」


「心配ないよカイル」


 激情家なところのあるリーシャと反対に、助手のカイルは心配性だ。才能はあるのだから有名な大学に行けばいいと何度か言っているのだが、私に教わりたいことがまだあると言って出ていこうとしない頑固なところもある。


「たしかに『極大結界』は目には見えない。でも、ちゃんと勉強していれば存在していると分かることだろう?」


 この国はもともと地理に恵まれていなかった。気候は厳しくて農業に適さないし、国を囲む山脈や谷からは魔物が食物を求めて這い出してくる。なのに今は穏やかで平和な土地になっている。


 そういったことを学んでいけば、おのずと『極大結界』が国を守っていると分かるようになっているのだ。


「……つまり、バカには見えない結界なんですね!」


「言い得て妙だね」


 リーシャは学識は薄いが、こうして本質をついた表現をしてくることがある。頭の良さは何も知識の量だけではないのだ。


「でも、なんかめんどくさくないですかぁ……?」


「わざとそうしているのさ。そうだろう、カイル?」


 簡単に答えて、その続きを弟子に促す。


「あまり大々的に『この人がこの家が結界を張っています!』と言ってしまうと、敵対する国がアルマル家をみんな狙うでしょう? 半分おとぎ話で、でも知っている人はきちんと知っている。それくらいがちょうどいいんですよ」


「正解だ」


 どんな形であれ、ひとつの家が王族でもないのに国を支えているなんて状況が本当は不健全なのだ。それをやむなしとするためにはこういう方法にならざるを得ないと、大昔にそう判断したご先祖たちは賢かったと思う。


「おかげでこうして何代にも渡ってアルマル家とこの国は続いてきたんだ。国民だって、もちろん全員とはいかないだろうけど分かっている人はたくさんいる。投票なら負けるはずないさ」


「だと、いいんですが……」


「さあ、いい加減食べないとシチューが冷めてリーシャにしか食べられなくなってしまうぞ」


「私、ケットシーだからって別に猫舌じゃないんですけど! 本当に大丈夫なんですよね?」


「私はこの国の人たちを信じているよ。じゃあ、いただきます」


 二人は最後まで心配そうだったけれど、私はこの国の人たちの賢さを知っている。学問を愛し、知識を尊び、そうしてこの国は発展してきたのだから。


 そう、思っていたのに。


「厳正なる選挙の結果、アルマル博士を『賢者』の職から解任し追放処分とする!」


 数日後、私とアルマル家のこれまでの全てが、真っ向から否定された。


    ◆◆◆


 この国において国外追放は見せしめの意味を持つ。


 私は家畜用の馬車に載せられ、都の大通りを通って追い出されることになったと、そうエラス卿から聞かされた。


「……ひとつ、お尋ねしても?」


「ん、なにかな?」


「国民が私を不要と断じた。それは結果として受け入れましょう。しかし国外追放とはどういうことでしょうか」


 万が一投票の結果で『賢者』の称号や爵位を失っても、国内にいさえすれば『極大結界』は維持できる。茨の道になるだろうが先祖代々の務めは果たせるはず。


 そう考えていたからこそ選挙を承諾したのだ。それが、国外追放?


 説明されなくては納得できない。


「いやあ、吾輩としても心苦しいのだがね。『賢者』が罷免されるというのなら同時にこれまでの欺瞞も追求すべきという声が大きくてね」


「欺瞞……!?」


「『極大結界』などという、ありもしないものがあると言い張って利権を貪ったことを、だ」


 本気で言っている。


 濁った目だが本気だ。目の前の肥えた男は、本気で言っている。『極大結界』は実在しないと。


「冗談もほどほどにしてください! 『極大結界』はあります!」


「おう、そうかそうか」


「もしアルマル家が、私が国外に出れば『極大結界』は一ヶ月と持たないでしょう。そうなれば気候の安定化も魔物の防御も……!」


「やれやれしつこいな。そんなに言うなら、ほれ。やってみなさい」


「はい?」


「『極大結界』を消してみるといい。君の言う通り、天が荒れ国土が魔物に覆われたら誰も疑わんよ」


「それは……!」


 できるわけがない。


 国土全てを覆う『極大結界』はその大きさゆえに脆く薄く、しかし絶対に消えてはならない国の盾。だからこそアルマル家の歴代当主は命を削ってでもより強固に、より多く結界を重ねてきたのだ。私が消そうと思っても瞬時には消せないし、張り直しに至っては何年もかかるだろう。


 それが分からないのか、多くの学問を修めた才人だというこの男が。


「ほれほれどうした? 本当にあるんだろう? 消えたら困るんだろう? 困らせてみたまえよ、ほら」


「できません。できるわけが……!」


「はっはっは、そうかそうか。いやはやすまないね、君があまりに食い下がるから大人気なく論破してしまったよ。では、国の外に住む家もあるまいが元気で過ごしたまえよ、ただのオルト・アルマルくん?」


 エラス卿が手を叩くと、予めこのつもりだったのだろう、衛兵が現れて私を拘束した。






 そうして身支度のため自宅に幽閉され、五日後。追放の日。


「罪人オルト・アルマルは建国の功労者の子孫ながら、長きに渡り虚偽による利権を貪ったことは……」


『極大結界』の力で澄み切った青空の下、私は最低限の荷物とともに馬車に載せられていた。私の前では裁判官が形ばかりの罪状を読み上げている。


 大通りの沿道には多くの民が詰めかけ、こちらに思い思いの目を向けているのが見えた。


「よって罪人を国外追放とし、その入国を以後十七代に渡って禁ずる!」


 どよめきと罵声が起きる中、私は民をじっと見ていた。


 アルマル家は何も『極大結界』のことしか分からないわけではない。その維持のために修めたあらゆる結界学と関連分野の知識を用いれば、逃げようと思えば逃げられただろう。


 そうしなかったのは、これを見るためだ。


 この民を見るためだ。


「……そういうことか」


 民のうち、顔に血を上らせて少ない語彙で罵倒するものが四割。


 事態をよく理解できていないという様子のものが四割。


 そして、後ろめたいような、そんな顔でうかがうようにこちらを見る者が二割。きっと買収されて私の追放に賛成した者たちなのだろうがそんなことはどうでもいい。


「この国の知恵は、死んだのか……」


 知性が、見当たらない。


 知恵があれば『極大結界』の存在を理解できる。だから『賢者』はこの国に根ざし、守ってくることができた。しかし今や民の八割はその域に至らず、そして残りのうち二割は知恵よりも目先の金を優先したのだ。


 これからこの国に起こることを予見して涙を流し顔に恐怖を浮かべている者など数えるほどしかいない。これが知恵でもって荒れ地を開き、工夫でもって発展を築いた国の末裔たちなのか。


「お、おい、止まれ!」


 不意にゲランの声がした。ギシリと古い馬車がきしんだと思えば、私の両隣を固めるように二人が並ぶ。


「ご主人!」


「博士! 僕たちもお供します!」


「二人とも、何を……!」


 リーシャに、カイル。私とともに暮らし学んだ二人が最低限の荷物を背負って馬車に乗り込んできていた。


「ご主人がいないならこの国にいる意味ないし! だったら便乗していっしょに行くほうが早いって思って準備してました!」


「僕だって、まだまだ教わりたいことが山のようにあるんです!」


 二人の目には、意地でも引かないという意思が燃えていた。これはもう私にもどうにもなるまい。


 それにこの知恵の死んだ国に二人のような人間の居場所は、きっともうない。


「お前ら何してるんだ! 早く降り……うわっ」


「『斥力結界』」


 馬車を瞬間的に結界で覆う。二人を引きずり降ろそうとするゲランを寄せ付けない。


 そうして作った時間で、少し高いところから見下ろしている男に向き直る。脂ぎった顔で酒を手にこちらを見下ろす見知った顔。


「エラス卿、二人は私の共犯者です。ともに追放を希望しています」


「します!」


「し、します!」


 エラス卿がめんどくさそうにシッシッと手をふると、ゲランが渋い顔で馬車から離れた。認められたようだ。


「いいかい二人とも、まっすぐ前を見るんだ。私たちの先祖が築き栄えたこの国の最後の姿を目に焼き付けるために」


「了解!」


「分かりました」


「……ありがとう。心強いよ」


 馬車が動き出す。


 石畳の上をガタガタと揺れながら進む馬車に飛んでくるものは罵声ばかりではない。石、卵、腐った野菜。使い古されたナイフが軌道をぐにゃりと曲げながら私の目先をかすめて馬車の柱に突き刺さった。


「群衆は怒っている。何にだと思う?」


「え、私たちに?」


「歴代のアルマル家に、ですか?」


 どちらでもない。


「何にでもなく、怒るために怒っているのさ。知恵のない人間の怒りなどその程度でしかない。それがよく分かった」


 都を抜け、門外の岩地に出たところで馬車を下ろされた。ここからは歩いてどこかに行くなり野垂れ死ぬなりしろと、そういうことらしい。きっと過去に国外追放となった者たちはここで絶望し、服にまとわりついた汚物をすすりながら死んでいったのだろう。


 あるいは。


「先生、魔物です!」


「ん、そうか」


 人狼型の魔物のようだ。リーシャのように人として性質が強くなく、獣に近い二足歩行の魔物。それがこちらに群れをなして向かってくるのが見えた。ここで追放者を食えることを経験で知っているのだろう。


 もっとも、私たちはその限りではないが。


 去っていく馬車が見えなくなるのを待って、私はずっと発動していた術式を変化する。


「『撥性結界』、散!」


 三人の体から汚れが吹き飛ぶ。その勢いは周囲の岩や石を巻き込み、一撃のもとに人狼たちを弾き飛ばした。不可視の攻撃に驚いたか、無事な魔物たちは散り散りに逃げ去っていく。


「ご主人つっよい」


「飛んでくる卵から身を守るための結界を、ちょっと激しく脱いだだけさ」


 私たちの体を膜のように薄く覆っていた結界を急膨張させた、ということだ。リーシャはさっきまで投げつけられていたものを思い出したか、綺麗になった自分の体をくんくんと嗅ぎながら渋い顔をしている。


「うぇぇ、直接当たってないって分かっててもなんか気持ち悪いです……」


「贅沢言うもんじゃないですよ。もし博士が付着を防ぐ『撥性結界』や衝撃を捻じ曲げる『斥力結界』を張ってくださらなければ、僕らは飛んできた石や刃物で大怪我していたかもしれないんですから」


「それはそれでこれはこれなの!」


「はは、二人は家にいる時と変わらないな……」


 こんな状況なのに、なぜか思わず笑みが漏れた。


 正直に言うと、不安はあった。『極大結界』の維持という大任を果たせなくなることにも、これからの自分の命にも。


 けれど、目の前で言い合いしている二人を見ていたらなんだかそんなことは大した問題じゃないように思えてきた。


 二人がいてくれて本当によかった。


「さて、にぎやかなのは結構だがそろそろ行こうか」


「ご主人、行くってどこに?」


「このまま西を目指そうと思っている。山脈の盆地だ」


 先にも述べたようにこの国は山と谷に囲まれている。少人数で暮らせるくらいの小さな土地ならいくらでも見つかるだろう。


「そんな場所でやっていけるでしょうか……?」


「どうしたカイル、もう弱気か?」


「そ、そんなことは! ただ現実問題として……」


「大丈夫さ。私たちには『極大結界』がある」


「『極大結界』が……?」


 そうだ。私が外に出た以上、もう国の極大結界は崩壊に向かっている。一方でその維持に注がれていた私の魔力は消費が止まって大きく蓄積しつつある。


「この魔力で土地を覆い、理想の環境を作ればいい。なにしろ国ひとつを覆っていたものを小さな盆地に集めるのだからね。ドラゴンのブレスも物ともしない強力な結界になるだろう」


「ご主人ってそこまでできるんですか!?」


「試したことはないでしょうけど、まあできますよね」


 リーシャが驚く横で、理論値を知るカイルが苦笑いしている。


「本当にドラゴンが攻めてくることなどあるまいがね。ともあれ、張ってしまえば結界内の環境は自由自在だ。我々で作ろうじゃないか、作物がよく育ち、明るく安全で快適で、そして……」


 知恵ある者を軽んじ虐げる者の入ってくることのない、そんな楽園を。


「ご主人! 私は一年中あったかいのがいいです! ここ寒いし風も強いし!」


「ふむ、温室のような結界か。それもいいな」


「いえ、作物を作るなら四季があった方が多彩になります。きちんと寒暖の差をつけて……」


「冬はイヤー!」


 幸か不幸か、時間も魔力もたっぷりある。順に試していけばいいだろう。


「どっちにしても土地を見つけないと話にならないぞ。さあ、行こう」


 前方に砂嵐は見えるが、結界で防げば問題ないのでそのまま進む。砂嵐を抜けた方が見通しもいいだろう。






 その後、オルトたちは猫の額のような土地を見つけてそこに強力な結界を張った。多彩な結界術はオルトの創意工夫でさらに効果を発揮し、その一帯にどこよりも豊かな土地を築いてゆく。


 やがてその噂を耳にした各国の要人たちが知恵と力を求めて訪れるようになり、オルトは『猫の額の賢者さま』と呼び習わされるようになるのだが……。


 それはまた、別の話。





    ◆◆◆





「いやあ、上手くいきましたね長官」


「全ては吾輩の計画通りだ! ハッハッハッハ!」


 オルトの追放を見届けたエラスは自分の執務室で酒をあおっていた。完全なる勝利の日に飲む酒ほど美味いものはないとばかりにボトルを開けまくっている。


「これで『極大結界』などというゴッコ遊びに使われていた予算も人員も我々のものだ。学術省の長官就任の辞令も近く公示されるだろう」


 アルマル家の『極大結界』には毎年相当の予算が使われていた。それがまるごとオルトの懐に入っていたものと思っているエラスは、予算の目録を肴にさらに酒を飲み干す。


 エラスがオルトたちを追い落とした理由はその予算と、何よりも。


「だいたい気に食わんのだ。結界学の学者ごときが『賢者』などという仰々しい称号を名乗るなど。おかげで吾輩の方が学位が多いのに目立たんではないか」


「まったくでございますな」


「ほとぼりが冷めた頃に『大賢者』の称号でも作ってみるか! 大賢者エラス、いいじゃないかいいじゃないか」


 気分良く笑っていたエラスの話は、ノックの音で中断された。


「失礼します!」


「む、なんだね」


 職員が入ってきても酒を隠そうとすらしない。媚びず恐れないのが権威者の証だと思っているからだ。


「オルムング大学よりお届けものがあります。学位記とのことです」


「おお、来たか! 予定通りだな!」


「学位記? いつの間に論文を……?」


「ハッハッハ、何、論文に長ったらしく小難しい文など書く必要はない。代わりに『学位記の代金』を書けばこの通りだとも。学位は金で買う時代だ」


「なるほど、それは賢い。さすが未来の『大賢者』!」


 届いた包みを開け、エラス卿は壁のスペースに飾り付けた。その横には様々な大学、様々な学科の学位記がずらりと並んでいる。


「ふふ、吾輩はこれで十七の学問を修めたことになる」


「はて、最近聞いた数字のような……。あ、もしやアルマル家が十七代先まで入国禁止なのは」


「吾輩が十七の学問を修めた記念だ。しゃれているだろう?」


「いやぁまったく!」


 ひとしきり笑ったあと、エラスはパタパタと顔を扇ぐ。額にはいくらか汗が浮かんでいる。


「ふう、飲みすぎて暑くなってきた。窓を開けてくれ」


「はいただいま! うわ、なんだか風が強くなってきてますね」


 さっきまでと打って変わって曇りきった空。窓を開けた瞬間、曲がりくねったような強風が吹き込んでくる。書類が舞い上がり、数枚が床に散らばった。


「うーん、アルマルがああ言った後だけに不気味ですねぇ。本当に『極大結界』とやらが壊れだした前兆だったりして」


「いいじゃないか、涼しくて。それにな、よしんば本当だったとしてもここには吾輩がいるのだから問題あるまい。『大賢者』の吾輩がな!」


「ごもっとも!」


 知識が無いのに、あるいは無いからこそ勘が働くということがあるのか。


 二人の冗談は当たっていた。幾重にも重ねられた結界がすでにほころび始めていることを、荒れ狂う気候は侵入を始め、それに気づいた魔物たちが結界の穴に集まり始めていることを、しかしこの国の人々は知る由もなかった。

はじめまして、普段はラブコメを書いている黄波戸井ショウリです

お読みくださりありがとうございます!


「面白かった!」

「まあ悪くない」

「連載版も見てみたい」

「本当は猫耳より犬耳派」


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― 新着の感想 ―
[一言] 落ちぶれて糞まみれになった大賢者((笑))の帰って来てくれと無様なザマァをみてみたかった!
[良い点] セキュリティーをケチって滅びた某企業のようで好きです。 [気になる点] 続きが気になってやさぐれてしまいました。
[良い点] 書けてましたよ! [気になる点] タイトルに反して、 オルトを呼び戻すシーンがなく、 「あれ、ここで終わり?」となりました。 続きが気になった所存です。 あと、 オルトの弟妹がどうなった…
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