【短編】父が友人から「旅行に行く間に預かってほしい」と頼まれた。預かるのは犬か猫かと思ってたら、学校で評判の美少女だった
たいしたオチはありません。
ただただ男子の願望がダダ洩れなだけのお話です。
よろしければサクッとお読みくだされ。
「如月先輩が一週間海外旅行に行くんだって。その間、預かって欲しいって」
ある日の夜、父が母にそんなことを言っていたのを小耳に挟んだ。
会社の先輩が父に頼んできたらしい。
「いつ?」
「来週日曜日の夜から」
「いいわよ」
父がとても世話になっている先輩らしく、母は快く承諾した。
犬なのか猫なのかわからないけど、俺はあんまり猫が好きじゃないから、犬だったらいいなぁと、ぼんやり考えていただけだった。
そして日曜日の夜。
両親と俺と、家族三人でリビングで夕食を終えて、しばらく経った頃に玄関のチャイムが鳴った。
父と母が玄関先に出た。
父の先輩と父の会話がなんとなく聞こえてくる。
「迷惑をかけてすまんなぁ」
「いえいえ、いつも先輩にはお世話になってますから。気にしないで、ゆっくり海外旅行を楽しんできてください」
「この子は大人しいし素直だから、まあ迷惑をかけることはないと思う」
「そうですか。ホント、可愛い子ですね」
大人しくて素直。
やっぱり犬かな。
ソファに座り、テレビを見ながらそんなことを考えていた。
後ろの方でリビングのドアがガチャリと開いた音が聞こえた。
父が入ってきたようだ。
「塔哉、この子が先輩から預かったカオリちゃんだ」
「ああ、そう」
カオリ……メス犬か。
俺はペットにはたいして興味はないし、テレビを眺めたまま答えた。
「こんばんは。お世話になります。如月香織です」
ん?
犬が……喋った!?
驚いて振り返ると、そこに立っていたのはなんと──
俺の高校の同学年で、学校一の美少女と評判の女の子だった。
単に美少女というだけでなく、成績優秀、スポーツ万能。そして清楚でちょっとクールな感じ。
普通の男子なんて、会話を交わすだけでも畏れ多いという感じの高嶺の花なのだ。
クリっとした黒目がちの瞳にスッと通った鼻筋。栗色のさらさらヘア。
さすがそこに立っているだけでオーラが違う。
そう言えばその美少女の名は、如月香織だったはずだ。
如月先輩のところのカオリちゃんで気づけば良かった。
しかし遠くから眺めるだけで、俺みたいな平凡男子が関わることなどほとんどない。
そんな彼女の名前なんて、ピンとくるわけがない。
「あ、あの……春日 塔哉です」
俺がぎごちなく自己紹介すると、横から父が不思議そうに聞いてきた。
「あれ? お前ら同級生だろ? 初対面なのか?」
「いや、如月さんは学年でも有名だから俺は知ってるけど、如月さんは俺のことは知らないだろ?」
「いいえ。知ってますよ」
なんと。俺のことを知ってるとな?
なんで?
「以前から、真面目で優しそうな人だなぁ……って思ってました」
嘘だろ?
学校でも評判の美少女が。
同じクラスになったこともないのに。
極めて平凡な俺を知ってる?
いやそれどころか、俺を褒めてる!?
これは、いったいなんの冗談だ?
ドッキリカメラか?
それとも何かのトラップか?
──あ、そっか。
そこで俺は、ようやく気がついた。
社交辞令というヤツだな。
「まあ香織ちゃん。こんなところで突っ立ってないで、荷物を置いて来なさい。二階の奥の部屋だ」
「はーい」
「おい塔哉」
「ん? なに?」
「もう風呂は入ったよな?」
「うん、入ったよ」
「じゃあ香織ちゃん。荷物を二階の部屋に置いたら、風呂に入りなさい。夕食は食べて来たんだよな?」
「はい」
二階の奥の部屋は、東京の大学に進学した姉の部屋だ。今は東京で一人暮らしをしてるから、空き部屋になってる。
そこは俺の部屋の隣だぞ?
薄い壁一枚だけを隔てた隣に、学年イチの美少女が寝泊まりするだって?
それこそ拷問だろ。
ドキドキして、緊張して寝られないじゃないか。
──いやいや。待てよ。
如月香織は学校では清楚でクールなキャラだ。
しかもあれだけの美人で、学園のアイドルと呼ばれる人気者。
しかし裏ではもしかしたら、プライドが高くて高飛車で、俺みたいなパッとしない男なんて、見下してるのかもしれない。
一緒の家で一週間も過ごすうちに、俺なんかバカにされてぞんざいに扱われるかもしれん。
うわっ……
そうなったら嫌だな。
いや。
ここは俺の家だ。
もし如月がそんな態度を取るなら、すぐに追い出してやる。
俺はそう心に誓った。
そんなことを考えながら、俺はソファに座ったままテレビの続きを観ていた。最近ハマってる異世界モノのアニメだ。
ガチャリとドアの音がした。
父か? 母か?
そう思って振り返ると──
そこには風呂上りの如月が立っていた。
白いタンクトップは豊かな胸がこんもりと盛り上がっている。
ピンクのショートパンツから伸びる白い足は適度な肉づきで色っぽい。
そしてまだほんのりと火照ったほっぺと、少し湿気を含んだ栗色の髪がセクシーさを増量中。
なんだ、この全男子が骨抜きになるであろう生物は?
そんな生物が俺の家のリビングに佇んでいるとは。
これはきっと夢に違いない。
俺は騙されない。
いや、もしもこれが現実であるとしても。
さっき考えたように、こいつは性格が悪くて、それを知った俺はこの夢が悪夢であることに気づくっていう可能性もある。
見た目が天使のようなこの女の子は、きっとこれから俺に毒舌を吐くのだろう。
「春日くん……隣に座ってもいいですか?」
如月は俺の座るソファの隣を指差してる。
「へっ……? なんで?」
「ん~なんでって……この機会に春日くんと親交を深めたいと思いまして。ダメ……ですか?」
毒舌を吐くどころか……
俺と親交を深めたい?
つまり……どゆこと?
「あっ、いや……いいけど」
「ふぁーい、やったぁ」
ん?
この天真爛漫な笑顔。
まるでホントに俺と親交を深めたいと思っているかのような、嬉しそうな顔だよな。
──なんて俺が戸惑ってたら、ボスンと音を立てて、如月が俺の隣の席にお尻を埋めた。
「何を観てるんですか?」
異世界アニメを観てるなんて正直に答えたら、オタク野郎って思われるかな……
このアニメは、たまたまつけてるだけって言おうか?
いや、何を戸惑ってるんだ俺は。
自分が好きなモノを、なにを卑下する必要がある?
たとえ相手が学園のアイドルであっても、なんら卑下する必要はないっ!
「『転生したらゴブリンだった』ってアニメだよ。面白いんだ、コレ」
「えーっ、『転ゴブ』ですかー! 私も観たーい! 話題作だから、観たかったんですよねー」
「えっ? そうなの?」
「はい。私、結構アニメ好きなんですよー。一緒に観てもいいですか?」
そう言いながら、既に食い入るように画面を見つめてるよ、如月。今さらダメだなんて言えない感じだ。
「い……いいよ」
「やったぁー!」
満面の笑みで小さくガッツポーズしてる。
如月って学校では清楚でクールな感じだから、もっとツンツンしたヤツかと思ってた。
なんなんだ、このフレンドリーな感じは?
しかも俺のすぐ横に座って、肩と肩が触れそうな距離感だし。
「ああぁーっ、ゴブリン君がやられそうー……」
画面では主役のゴブリンがピンチに陥っている。
だけどもチートスキルを山ほど持ってる転生ゴブリンは、絶対に負けるはずもないのに。
なぜか如月は眉をハの字にして、不安そうな顔で、じっと画面を見つめてる。
うわっ、しかもなぜか俺の腕にしがみついてきたよ。如月のヤツ、めっちゃアニメに入り込んでやがる。
如月の豊かな胸が、俺の二の腕に押しつけられているのだが……
これは何かの試練なのか?
「よっしゃー! ゴブリン君、勝ちましたーっ!」
「だな。良かったな」
「はい!」
如月は俺の腕にしがみついたまま、俺の顔を見上げた。そしてハッと気がついたように、焦った顔で身体を離した。
「あっ、ごめんなさい! ついついくっついちゃって……」
「あ、いいよ別に」
「えっ? いいんですか? やったぁー」
なぜか如月は、また俺の腕にガッシと抱きつく。なんで?
「あのさ……如月……」
「えっ? なんですか?」
「お前……なにか悪い企みでもしてるか?」
「悪い企み……? なんのことでしょうか?」
如月は天真爛漫なキラキラと輝く瞳で俺を見つめ、コテンと小首を傾げてる。
わかった。
如月はこのあざとさで男を惚れさせておいて、そしてケンもほろろにフルんだろう。
それを悪い企みと言わずして、なんと言うのか。
「いや、如月って、学校では清楚でクールなキャラだろ? なのに今はフレンドリーな感じだ。なにがあるんだ?」
俺の言葉に、如月はギクっとした表情になってる。
ほら見ろ。やっぱり悪い企みだったんだ。
「あ、ごめんなさい……嬉しくて、ついついはしゃいじゃいました」
「嬉しくて?」
「はい。確かに私、学校では割とクールなキャラに見られてます。けどあれは、私が人とコミュニケーションを取るのが苦手なので……そう見られるだけなんです……」
「そうなのか?」
「はい…… しかもみんなが私のことを、学園のアイドルだなんて持ち上げるものですから……学校ではなかなか本当の自分を出せないんですよねぇ……」
如月はしょぼんとした顔でうつむいてる。
この顔を見るに、どうやらホントの話のような気がしてきた。
「本当の自分って?」
「私ってホントは甘えん坊だし、私を大事にしてくれる人には、しっぽを振って寄っていっちゃうような性格なのです」
「そうなのか? それは素晴らしい……」
いや、なにが素晴らしいのか、俺にもわからないけれど。
こんなに可愛い女の子がそんな性格だなんて。
思わず反射的に、素晴らしい認定をしてしまった。
「ホントですか? やったぁーっ!」
如月はまた小さくガッツポーズ。
いやこれ。
マジで俺は、如月のあざとさに騙されているんだよなぁ?
でも如月の態度は本当に嬉しそうだし、俺……このまま騙されてしまいそうだよ。
「じゃあ春日君。このご縁で、春日君にだけは私の素の姿を見せてもいいですか?」
「お、おう。もちろんいいけど……いいのか? 俺なんかに素の姿を見せて」
「はい。春日君だからいいのですよ」
「なんで?」
いやマジでわけがわからない。
俺を騙そうという理由以外で、学園のアイドルがそんなことを言う理由なんて見当たらない。
「えっと……それは……前から春日君が、真面目で優しそうな良い人だなって思ってたからです」
如月は目を伏せて、ポッと頬を赤らめている。
「だから俺に如月の素の姿……犬のようにしっぽを振って甘える姿を見せるとな?」
「はい!」
「マジかよ……」
「あれ? 信じてない顔をしてますね……」
「まあな。如月みたいな人気者が、俺をそんなふうに思ってるなんて、ちょっとやそっとじゃ信じられないだろ、普通」
「うーむ……困りましたね。ホントのことだから、信じてほしいのですが……」
そんなことを言われても。
如月が俺をからかってるという可能性は、まだ消えていない。
「お願いします春日くぅーん♡」
如月は、最後の『くぅーん』のところをまるで犬の鳴き声のように出して、俺の胸にグーの両手と顔をすりすりと擦り付けてきた。
なんだこれ?
この全男子が骨抜きになるであろう生物は?
確かにめちゃくちゃ犬っぽい。
そしてめちゃくちゃ可愛い。
「あの……如月……」
「はい? なんですか?」
「さっきお前、俺にだけ私の素の姿を見せるって言ったよな?」
「はい。こんな姿を見せようと思えるのは、春日君だけです。学校ではいつものクールな態度で過ごしますから、学校で出会ってそんな態度でも、嫌いにならないでくださいねぇ」
「あ……ああ。わかった」
いや、なにそれ?
ギャップ萌えを狙ってるのか?
そんなの嫌いになるどころか、めちゃくちゃ可愛いじゃないか。
俺だけが学園のアイドルの甘えん坊な姿を知ってるなんて。
「やったぁー! 春日君の公認をいただきましたぁー!」
また小さくガッツポーズをしてる。
公認って……なんだよ。
でもまあ、いっか。
学園一の美少女が可愛い犬のようなカッコまで見せてくれたんだ。
「では春日君。今日からよろしくお願いしまする」
如月はぺこりと頭を下げた。
「あ、ああ。こちらこそよろしく」
「はい」
とっても美少女な如月の笑顔は、やっぱりめちゃくちゃ可愛い。
父が友人から預かるのは犬かと勘違いしてたけど。
美少女だったってわけだ。
しかもまるで犬のような。
こんなことってあるのか?
俺は呆然とした顔で改めて如月を見た。
そしたら如月のヤツ。
満面の笑みで、「ワンっ!」なんて言いやがった。
いや、もう──
可愛いったらありゃしない。
= 完 =
どうでしたか?
単に男子の願望がダダ洩れしてるだけのお話でしたでしょ?
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