ルシアン
「あ、そういえばさ。シャルって弟もいるんだな。式場で見かけたけど……。そいつって嫌な奴か?」
ハルがふざけた調子で弟の事を尋ねたので、シャルは口を尖らせた。
「嫌な奴ですって!? どうしてそんなことを聞くの? 弟のルシアンはとてもいい子よ」
「そっか……。悪かったよ。そのルシアンがさ、式の時に一人でずっとぽつんとしててさ。誰か探してるみたいだったんだよな。もしかしたら、シャルの事を探してるのかと思って気になってたんだ」
「ルシアン……」
ルシアンの寂しそうな姿を思い浮かべると、シャルも胸が痛む。
もう、一ヶ月もルシアンと会っていない。
「式場で見かけた時さ、そいつ、すっごいガリガリだったんだよ。調べてみたら、食事をあまり摂っていないらしいぜ」
「え? ルシアンは何でも美味しいって残さず食べてくれる子なのに……」
「王都の有名店から、料理人をアフリア家に招いたらしいんだけど、口に合わなかったのかな……」
ルシアンの痩せた姿なんて、シャルには怖くて想像も出来なかった。あの家にルシアンを残してきたことを、シャルは後悔した。
「シャルに会えなくて寂しいんじゃないか?」
「一度、ルシアンに会いたいわ。セオ……」
「そうだな。でも、他の家の奴に会わないようにこっそりだぞ?」
「ええ! ありがとう。そうだ、お料理を作っていきましょう」
セオの了承を得ると、シャルは急いで厨房へと向かった。
◇◇
シャルはカゴにフルーツジュースとアップルパイを詰めてルシアンに会いに行く支度をした。
ハルは仕事へ戻り、セオがナディアの入ったカゴを手にしている。
「じゃあ。シャルの部屋に転移するよ」
「私の部屋? そんなことが出来るの?」
「ああ。忘れ物とかあった時に便利かなって思って、シャルの部屋に目印の魔石を置いておいたんだ」
部屋の前まで着いてきてくれた時だろうか。
意外と抜け目のないセオにシャルは感心した。
「じゃあ、手を合わせて──」
セオの右手にシャルの手を重ねると、セオは呪文を唱える。シャルは真っ白な光に包まれ、瞳を開けると自分の部屋の中に立っていた。
隣には鳥カゴを持った少年版のセオがいた。
「まぁ。私の部屋だわ」
「シャル。ルシアンの部屋は──」
「シャルお姉様っ!?」
セオが尋ねようとした時、窓際のベッドから声が上がる。
ベッドの裏側から顔を出したのは、涙で目を腫らしたルシアンだった。
「る、ルシアンっ。どうして泣いているの……それに……」
ルシアンは大分痩せこけていた。
顔色は悪く、シャルのハンカチを手に震えていた。
「シャルお姉様っ。あ、会いたかったよ……」
ルシアンはシャルの膝で泣きじゃくった。
シャルがルシアンの背を撫でてやると、にゃん子サマがルシアンの足に尻尾を絡め、頷いた。
「なるほどのぅ。この坊やは、何人も家庭教師をつけられ、毎日代わる代わる厳しい教育を受けさせられているようじゃ」
よくみると、ルシアンの手の甲には叩かれたような痣があった。




