義母
厨房に入るとすぐに、義母は床に転がった魔法使いに気付き叫び声を上げた。
「きゃぁっ。誰!? この小汚ない……魔法使いかしら?」
「あの、その人はお腹を空かせて倒れていて……」
「はぁ? そんなゴミ、放っておけばよいでしょう?」
義母が虫でも見るような瞳で魔法使いを見下ろしていると、シャルロットの背中に隠していたにゃん子サマが魔法使いの元へと駆けて行った。
「あっ。にゃん子サマっ」
「はぁ? にゃんこって、シャル! 私は猫は嫌いだってあれほど……えっ?」
義母は眉間にシワを寄せ、シャルロットを睨みつけたのだが、魔法使いが急に起き上がったので、驚いて後退りした。
魔法使いはフードを目深に被ったまま、義母を手招きした。
恐らく、にゃん子サマが魔法で彼を操っているのだ。
にゃん子サマの姿は、義母には見えていないらしい。
義母は吸い寄せられるように、しかし警戒しながら魔法使いに歩み寄ると、魔法使いの手に光る何かを受け取り、目を輝かせた。
「あら? まあ。金貨だわ!?」
「えっ?」
驚いたシャルロットに、にゃん子サマがウインクした。
義母の手には一枚の金貨。
それだけあれば家族五人、一ヶ月は食べていける。
義母は物凄い形相でシャルロットに詰め寄ると、魔法使いに聞こえないように厨房の奥へとシャルロットを連れて行った。
「あの魔法使い。どこで拾ってきたの!?」
「や、屋敷の前です」
「しっかりと、もてなしてあげなさい。まだお金を持っているかもしれないわ。あるだけ全部、根こそぎ巻き上げるのよ! ほっほっほっ。いいカモを拾ったわね。貴女にしてはよくやったわ」
義母の高笑いが耳に刺さる。
しかしあの金貨は本物なのだろうか。
にゃん子サマの魔法だったらと思うと、後が怖い。
「ちょっと。何ボーッとしているの? 早く仕度なさい!」
「は、はい。お義母様っ」
「全く。これからもこの屋敷で長女として家族の世話をしてもらうのだから、しっかりなさい。病弱な貴女を大切に使ってあげるのよ。感謝なさい。分かった? シャル」
「はい……」
「それから、あの魔法使いが帰る前に必ず私を呼ぶのよ? しっかりと恩を売っておかないと……。おーほっほっほっ」
義母は機嫌良く厨房から去っていった。
厨房の扉が閉まると、シャルロットの後ろから、にゃん子サマの呆れ返った声がした。
「やな奴だのぉ~」
「にゃん子サマ。ごめんなさい。私はそんなつもりじゃ……」
シャルロットもお金目当てに助けたとは思われたくなかった。
「分かっているのじゃ。それから、金貨は本物なのじゃ」
「そうなの? ……あら? 私、そんなこと口にしたかしら?」
にゃん子サマは、シャルロットの問いにニコッと微笑み返した。もしかしたら、にゃん子サマには心の声が聞こえているのかもしてない。
にゃん子サマはもう一度シャルロットに悪戯に微笑むと、いつの間にか椅子に腰かけている魔法使いの元へ戻っていった。
「あら。起き……てはいないみたいね……」
魔法使いはだらんと首をもたげたまま、にゃん子サマによって勝手に動かされていた。