アリスの願い
呪いの核は黒真珠の様な小さな物だった。
目で見えているのに、触れている感覚がない。
シャルの手の平の上でコロンっと転がると、徐々に色が薄くなり透明のガラス玉へと変わっていった。
「この水晶、どうしたらいいかしら?」
「シャル。ここに入れて……」
セオは呪文を口にし、黒い巾着を少しだけ開いた。
巾着の中には真っ黒な何かが蠢いて見えた。
シャルがその中に水晶を放り投げると、セオはすぐに巾着を閉じ、火の魔法を発動させ、それを燃やし尽くした。
セオやヴィリアムの皮膚に残っていた黒い斑点も消え、床に溢れていた黒いドロドロとした物も色味が抜け、ただの腐った水になっていった。
「ヴィリアム王子!? アリス姫が!?」
アリス姫の隣で待機していたクレスが歓喜の声を上げ、ヴィリアムはハッとしてアリス姫へと駆け寄った。
「アリスっ」
黒くなっていたアリスの髪や肌は次第に元の光を取り戻していた。
しかし、顔色は蒼白いまま。
生気は薄く、ピクリとも動かなかった。
「医者を呼んでこいっ」
「はっ!」
ヴィリアムがクレスに指示を出すと、クレスは喜びと不安が入り交じった表情のまま部屋を飛び出していった。
セオは駆け寄ると、アリスに向かって手をかざした。
「にゃん子サマっ。魔力を分けてあげよう──」
「うむ」
にゃん子サマがアリスのおでこに軽くキスをすると、頬に赤みが差し、アリスはゆっくりと呼吸をした。
「アリス? アリス!?」
ヴィリアムがアリスの肩を揺さぶると、アリスは瞳を開き、そして一筋の涙を流した。
「ヴィルお兄様……ごめんなさい」
「なぜ謝るんだ?」
「私……こ、こちらの方々はどなた?」
アリスはシャルと小さなセオを見ると、驚いてヴィリアムの身体にそっと身をひそめた。
「こちらは魔法使いのセオドリックと、その助手のシャルロットだ。二人が、アリスの呪いを解いてくれたのだよ?」
「私の……呪いを?」
「アリスは二週間近くベッドで寝たきりだったんだ。死の呪いを受けて……目を覚ましてくれて良かった。お前の婚約者も心配していたよ」
ヴィリアムはアリスを抱きしめ、涙を流す。
シャルももらい泣きしそうだったのだが、アリスの顔を見たら涙が引っ込んでしまった。
アリスは喜んでいなかった。青白い顔で、哀しみと怒りを瞳に宿し、眉をひそめていた。
ヴィリアムが身体を離すと、アリスはヴィリアムに愛らしい笑顔を見せた。
そして、セオとシャルにお辞儀をすると、感情の読み取れない無機質な笑顔を向け、礼を述べた。
「ありがとうございました。そして、皆様にお願いがあります。──私、死んだことにして頂けませんか?」




