シャルへの報酬
しかし、シャルはそれに納得出来なかった。
「私はそんなこと望んでません。セオのお手伝いができて、私、幸せなんです」
「仕返しをしたいとは思わないのか? これは君がアリスの件を手伝う報酬であり、私からしたら口止め料でもあるのだ。もう少し利己的な考え方をしたらどうだ?」
「そんな、仕返しだなんて……必要ありません。それに私はセオの助手ですから。守秘義務があるので心配しないでください」
「…………」
ヴィリアムは頬杖を付いてシャルの顔をじっと見つめた。エメラルド色の瞳は全てを見透かすかのようにシャルを見据えている。
「あ、あの……。そんなに見つめられると心臓が持たないのですが……」
「なぜそんな境遇で笑っていられる。理解できない」
呆れ果てたヴィリアムの言葉に、シャルもどうしてなのか真剣に考えた。すると、セオやにゃん子サマ、ついでにハルの顔が浮かんだ。
「それは……。セオに会えたからかもしれません。私の代わりに怒ってくれる人が、隣にいてくれるから、笑顔でいられるんだと思います。なので、本当に大丈夫ですからね?」
ヴィリアムはシャルの笑顔に妹のアリスを重ねた。
アリスは誰にでも優しく、いつも笑顔だった。
しかし、その笑顔は偽りで、ふとした瞬間、どこか遠くを寂しそうに見つめている。そんな妹だった。
ヴィリアムはアリスの笑顔のために、何かしてあげられたことがあっただろうか。そして、アリスの本当の笑顔を見たことがあるのか。それすら分からない。
シャルの笑顔は自然であった。
こんな笑顔を、アリスにも取り戻せるのか。
自分はそんな存在になれるのか、ふと疑問に思った。
「……それは、私にも可能か?」
「へっ?」
「いや。何でもない。――さて、明日も早い。もう休もう」
「は、はい」
ヴィリアムは立ち上がり火を消すとテントへと向かった。二つあるテントの一つ、セオが寝ていない方へと入って行く。
「えっ? あの……」
「なんだ?」
「いえ。その……テントは男女別かと思っていたのですが……」
「ああ。そうか。気が付かなかった」
ヴィリアムは髪をかき上げ慌ててもう一方のテントへ移動した。
真面目で厳しい感じの人かと思っていたが、ちょっと抜けたところもあり、シャルは親近感を覚えた。
「いえ。王子様なのに相部屋ですみません。あ、相テントですかね?」
「ふっ。そんな言葉聞いたこともないぞ。シャルも早く休みなさい」
「は、はい!」
ヴィリアムは口元を微かに緩め、テントへと入って行った。
今、最後にシャルと呼んでいた。
少しだけ、心を開いてくれたのかもしれない。
そう思うとシャルも自然と口元が緩んだ。
◇◇◇◇
翌朝、シャルは目が覚めるとテントから出た。
森は相変わらず白い霧に包まれていた。
二人の姿が無かったので隣のテントに声をかけて覗くと、二人はまだ寝袋に包まれ眠っていた。
今が何時か分からないが、セオだけでなくてヴィリアムも朝が弱いのかと思うと、つい微笑んでしまった。
「さて、ご飯の仕度をしましょう」
シャルは鍋を手に近くの川に水を汲みに行った。
小鳥のさえずりと川のせせらぎ聞こえる静かな森の中。
緩やかに流れる川の水は冷たくて心地よい。
しかしシャルは不思議なことに気が付いた。
遠くの水面に丸い波紋が点々と広がっていたのだ。
「あめんぼかしら?」
しかし、あめんぼにしては一つ一つの波紋が大きい。
その波紋は次第にシャルの方へと延びてきた。
「えっ?」
目を凝らすと、霧の中に黒い影が見えた。
それは水面の上を四つの足で点々と歩き、シャルの倍くらいの大きさの影。
近づくにつれ、その輪郭がはっきりとしてきた。
それはーー黒い大きな狼だった。




