結束
「俺が北の魔女に会いに行く。ヴィリアム王子は城で待っていてくれ」
セオはそう宣言し、小さな身体でヴィリアムを見上げた。
ヴィリアムはセオを見下ろし首を横に振る。
「駄目だ。君が信頼を置ける魔法使いであることは理解した。しかし、子どもだけで行かせられる場所ではない」
セオは可愛い白猫を抱えた十歳くらいの少年の姿だ。
ヴィリアムがそう言うのも分からなくはない。
「俺は子どもじゃない!」
「どう見ても子どもだ!」
二人は怒鳴り睨み合い、先に目をそらしたのはヴィリアムだった。
「怒鳴ってすまない。何もせずに城で待っているなど出来ないんだ……」
「俺も悪かった。一緒に行こう。……それから、王妃以外には疑わしい人はいないのか?」
「王妃以外?」
「そうね。ただ、北の魔女と知り合いってだけで疑うなんて可哀想だわ」
ヴィリアムはうつむき顔をしかめて言った。
「王妃にはアリスの命を狙う理由があるのだ。私の部屋で話そう」
悲痛な面持ちで王妃の部屋から踵を返すヴィリアムに、セオとシャルは無言でついて行った。
◇◇
ヴィリアムは自室にて、王妃について語った。
「王妃は私と兄、それから妹のアリスにとって義理の母なんだ」
義理の母――シャルはつい自分の義母を想像し眉をひそめた。
「アリスが生まれてすぐに実母は亡くなり、父は現在の王妃と結婚した。そして生まれたのが第二王女のコルネだ。コルネは来月、十二歳になる。王妃は恐らく、アリスを殺して自分の娘のコルネを、隣国へと嫁がせたいのだ」
「それって……」
シャルは胸が苦しくなった。
アリスの境遇を自分と重ねてしまった。
しかし、自分は殺されそうになった訳ではない。
アリスが可哀想で仕方なかった。
「先週の婚約披露パーティーで、王妃は隣国の王子を大層気に入っていた。それで、こんなことをしたのではないかと……。国王は、王妃を大切に想っておられ、王妃の処遇に頭を悩ませている。王妃が呪ったという証拠はないからな……。兄の説得でやっと幽閉できたところなんだ」
「その、コルネ王女がアリス王女を呪ったということはないのか?」
「こ、コルネがそんなことをするはずがない! 誰よりもアリスと仲が良いのだ。それに、兄はコルネも疑って、今は自室に軟禁状態だ。しかし、王妃同様、部屋から怪しいものも出て来なかった……」
セオの言葉を、ヴィリアムは真っ先に否定した。
シャルはナディアの顔を思い出した。
ナディアは悪い子ではない。
そう信じていたけれど、実際は違った。
もしかしたら……。
セオは暗い表情のシャルを見て、ヴィリアムに尋ねた。
「一応、コルネ王女の様子も見せてもらっていいか?」
「ああ。構わないよ」
◇◇
ヴィリアムがコルネ王女を訪ねた時、丁度夕食を済ませたところだった。
食事はほぼ手付かずで下げられていた。
「ヴィルお兄様。アリスお姉様は!?」
「まだ、何も……」
「そんな……どうしてお姉様がこんなことに……」
コルネはヴィリアムの胸で泣きじゃくっていた。
そのか細い腕は震え悲痛な泣き声にシャルも胸が傷んだ。
コルネは今にも倒れそうな程やつれていた。
セオはにゃん子サマと顔を見合わせ、首を横に振る。
「この子は白じゃな。心から悲しんでおるのぅ」
にゃん子サマには心の声が聞こえるのだ。
コルネをなだめ、ヴィリアムの部屋へと戻ることにした。
◇◇
セオはヴィリアムの部屋に着くと、北側の窓から空を眺めて言った。
「やはり、北の魔女に直接当たるしかないな。今日は遅いから明日の朝、北の山脈へ出発しよう」
「北の山脈へ行けば、セオドリックなら魔女を探し出せるのか?」
「……。北の山脈は魔女の領域。普通の人ならその入り口すら見つけられないだろう。でも、俺は入り口を知っている。しかし中に入ると魔法が使えないんだ。魔女を見つけるまで、運が悪ければ数日かかるかもしれない」
「それでも構わない。少しだけ、希望が見えた気がするよ。よろしく、セオドリック。私のことはヴィルと呼んでくれ」
「ああ。ヴィル」
二人は固く握手を交わし、明日の準備のために各々の帰路に着いた。




