婚約者
「あれれ? よく見たらアシル=ソルボン様ではありませんか? お隣の方はお目にかかったことがありませんが、どなたですか?」
ハルは、ちゃっかりナディアを貶しつつ、隣のアシルにわざとらしく挨拶をした。
ナディアは馬鹿にされたと思い、苛立ちながら言い返す。
「あら? 名を尋ねるのでしたら、ご自分から名乗ってはいかが?」
「ナディア。そんな言い方をしないでくれ。彼は大事な取引先、ロドリーゴ商会のハルさんだよ。ハルさん。こちらは僕の婚約者、アフリア子爵家のご令嬢、ナディアだよ。よろしく頼むよ」
「へぇ~。子爵家のご令嬢? どこかの商家の娘かと思いましたよ」
「な、何ですって!?」
ナディアは元々商家の娘だった。
そう馬鹿にされるのが一番嫌いなのだ。
真っ赤になったナディアをハルは更に口撃する。
「アフリア子爵家も聞いたことがないなぁ。アシル様、本当に婚約者様なのですか?」
「そうだよ。ハルさん。結婚式だって二週間後だ。指輪だってロドリーゴ商会で購入したではないか」
「それは失礼致しました。婚約指輪がエメラルドでしたので、瞳が美しいエメラルド色の女性かと勘違いしておりました」
ハルはシャルの瞳を見つめながらそう答えた。
シャルの瞳はエメラルド色。
婚約指輪はシャルに合わせて作られていた。
「アシル様。こんなお店、さっさと出ましょう。金で男に身体を売った女が店員のお店なんて、汚ならしいわ」
「そうだな。……そうだ。ハルさん、その女性には関わらない方がいいですよ。ここの店の魔法使いに、金で身体を売った女性ですから」
シャルを軽蔑した目で見やりながら、ナディアとアシルはハルに助言すると、ハルは笑顔のまま言葉を返した。
「へぇー。……アシル様。それ、どこの情報ですか?」
「どこのって……。実は、僕の婚約者は、そこのシャルロットの妹なのだよ」
ナディアは微笑みシャルを見下ろした。
自分が婚約者だ、お前の場所は私の物だ、とでも言いたげに。
ハルにどう思われようが構わないが、毎日顔を合わす相手に誤解されるのは嫌だった。
それに、この二人のことだから、きっと王都に噂を流すに違いない。
そしたら、セオに迷惑をかけてしまう。
シャルが頭の中で悪いことばかり考えている横で、ハルは俯き、至極残念そうに言葉を発した。
「そうだったんですか。では、その婚約者さんは、実の姉を侮辱していたのですね。良いのですか? そんな低俗な子爵家の娘を嫁にもらって」
ハッとした顔でナディアに目をやるアシル。
ナディアは焦り、ついにハルに切れた。
「いっ……いい加減にしなさいよ。ただの商人の下っ端風情が、私を侮辱する気? 穢れているのはそこのシャルロットだけよ!? ……ひっ酷いわぁ」
ナディアはアシルの前で強く言い過ぎてしまったと思ったのか、言い終えるとアシルの胸に顔を伏せた。
「な、ナディア。そんな失礼なことを言ってはいけないよ。……だが、ハルさんもそれぐらいにして頂きたい。ナディアは関係ない。悪いのは、シャルなのだから」
シャルはハルからもらった花束を握りしめた。
しかし、ハルはシャルの手から花束を奪うと、カウンターに叩きつけた。
ハルは見たこともないぐらい怖い顔をして、シャルの方へと手を伸ばした。その手は、震えるシャルの肩を掴み、自身と抱き寄せた。
「へっ?」
「アシル様。シャルは何も悪くありませんよ? これ以上――俺の婚約者を侮辱しないでいただけますか?」
アシルとナディアはハルの言葉に目を丸くし驚いた。
しかしそれは、シャルも同じだった。
 




