お誘い
「すごいわ。私、初めて来たの」
シャルは王都の街に来るのは初めてだった。
城のパーティーには、母がまだ健在でシャルが幼い頃に一度だけ行ったことがある。
でも、城へ行っただけで、街は通り過ぎただけだった。
大きな建物に、田舎では嗅いだことのないような甘い香りがする。貴族達の香水の匂いだろうか。
瞳を輝かせて通りを見回すシャルを、ハルは訳が分からないといった顔で見ていた。
「お前……。初めてって言っても、昨日この店に来たんだろ? 変な奴」
確かに可笑しな話だ。王都の一番街のお店で働いているのに、一番街を見たことがないなんて。
「へ、変で結構です! 荷台に商品を乗せますからね」
シャルが荷台の上で巾着袋をひっくり返すと、中からジャラジャラと様々な色の宝石が流れ出てきた。
巾着から宝石が出なくなると、ハルはパンパンに硬貨が詰まった袋を懐から取り出した。
「そ、それで幾らなの? こっちは一枚もマケるつもりはないわよ!」
「分かってるよ。一週間分だから金貨三百五十枚な」
「三百五十!? ……そ、そうね。ここに入れて」
「はいはい」
シャルの持つ巾着袋にハルは金貨を雑に押し込んだ。
またしても大金だ。しかし実感がない。
巾着袋は金貨を入れても重くはならなかった。
セオの魔法で別の空間に繋がっているのだろう。
しかし、昨日から金貨ばかり目にしている。
今まで金貨なんて触れたこともなかったのに。
「なぁ。お前、名前なんだっけ?」
「シャルロットよ」
「ふーん。よく見ると綺麗な顔立ちだな。パメラさんの足元にも及ばないけどな!」
「あら。そう……」
わざわざ貶さなくてもいいのに。
でも、セオの祖母は、どんな美人さんだったのだろう。
ハルはシャルと同い年くらいに見えるけれど、熟女好き? よく分からない。
「用が済んだら帰って」
「ああ。帰るよ。……そうだ。夕方暇?」
「暇じゃないわ」
「えー。この店、午前中しかやってないし、暇だろ?」
「あ、そうなの?」
店の扉に書かれた営業時間は十時から十二時となっていた。
「じゃあ。夕方五時に店の前で待ち合わせな」
「何でかしら?」
「俺が案内してやるよ。夕暮れ時の活気に溢れた王都の街を! じゃあ、後でな!」
ハルはシャルの答えなど聞かずに、花束を押し付けて荷車を引いて帰っていった。
「どうしましょう。……セオに相談してみようかしら」
◇◇
シャルはセオの部屋に朝食の片付けに訪れた。
ついでにハルの話をしようと思っていたのだが……。
「セオ。一口も食べていないじゃない!? って、あら?」
セオはこくりこくりと首を揺らし、机に向かって座ったまま眠っていた。ずっとすり鉢で練っていた緑色の物体はキラキラした光の粒を含んだ滑らかなクリームになっていた。
「出来上がって、寝てしまったのね……」
シャルは瓶や本に埋もれたソファーの上から、クッションを引っ張りだし、セオの顔の下に置いてあげた。セオはクッションに頭を委ねスヤスヤと眠り続けている。
シャルは眠るセオの顔をまじまじと見つめた。
長い睫、白い肌。
赤い髪は細くてふわふわでサラサラ。
モフモフしたいぐらい可愛い。
昨日のセオは、シャルより背も高くて、頼りになって格好良かった。
今のセオは寝ていることもあるけれど、無防備で小さくて可愛い。
どちらが本当のセオなのか、どっちでもいいと思ったけれど、やっぱり気になってきた。
「シャル。セオは起きるまで放っておくのじゃ。一度寝たら何をしても起きんのじゃ」
「わかったわ……あ。ベッドに寝かせた方がいいかしら?」
「ベッド? セオがベッドで寝ているところは見たことないのぅ……」
にゃん子サマは、セオのベッドの場所すら知らなかった。多分散らかった魔法道具の下のどこかに埋もれているそうだ。
片付けようかとも思ったが、シャルには部屋の中に散らかった道具がゴミか必要なものかの区別もつかなかった。
「うーん。どうしましょう」




