ノーベル平和賞モノ「忘れられた巨人/カズオ・イシグロ」
個人的なことで恐縮ですが。これを読んだとき、配偶者と喧嘩してたんですよね。いわゆるくだらない喧嘩なんですが、夫婦喧嘩なんてたいていどっちも悪いし悪くないようなもでして。なのについ「なんでいつもこっちばっかり謝んなきゃいけねーんだ、私は悪くないウキキッ!」などと意地を張ってしまうものなのですね。
で、この「忘れられた巨人」を読んだわけですが、読後そのイライラした気持ちは綺麗に消え失せましたね。
「よく考えたら…いや考えなくても私が悪かった。素直に私から謝って許しを乞おう。私の意地がなんぼのもんじゃ。そんなことより世界平和じゃ。世界平和はまず身近なところから…そう、まずは夫婦が仲良くすることだ…」
どうですかこの変貌ぶり。それ以来私は喧嘩するたびにこの本のことを思い出しています。すると謙虚な気持ちになって心から素直に謝ることができるんですね。(というかたいてい私のほうが悪いんだわ、これが)
でも大の大人が素直に謝るって、なかなか難しいです。大人がみんな自分の悪いところを素直にみとめ、心からごめんなさいできれば喧嘩なくなり、警察もいらなくなり、戦争も起きない、かもしれない…?だからそういう気持ちに強制的にさせてくれるこの本はノーベル文学賞というより平和賞なのでは??????
と、思ったわけですね!!
読んだことのない方のためにあらすじを説明しましょう、アーサー王時代のイギリスで、謎めいた老夫婦が昔出て行った息子を探しに旅に出るという筋書きです。お馴染みの騎士やドラゴンも出てきてファンタジー要素は満載なのですが、そこがメインではありません。
ぶっちゃけ筋道だって説明しろと言われると難しい話です。考えるな、感じろ系の小説かなと思います。
ですがその感じる部分にビンビンくるエモーショナルな話です。社会や世界などの大きいところから、夫婦喧嘩みたいな個人的なところまで。
【以下、ネタバレしかない】※すべて私個人の独自の解釈です、真に受けないように!!
とても印象的だったのは、主人公のおじいちゃんが、奥さんのおばあちゃんを「お姫さま」と呼んで大事にしていること。年取って村にいづらくなった可哀想な2人ですが過酷な旅に出ても夫婦は大丈夫かい大丈夫かいとお互いいたわりあって、非常に仲良さげです。こんな夫婦になりたいもんだね。
そして繰り返し出てくる「船」のこと。途中で出会った女の人がアヴァロンにわたるための船には、「本当に愛し合っている2人でなければ、一緒に乗ることはできない、私はいけなかった、とりのこされた」…と不吉なことを言うんですね。
お互いをいたわりあい愛し合う2人はそんなの余裕でクリアできるはず。だけど旅の途中で争いあう村、殺しあう人、犠牲になった少年は新しい戦いに目覚めて、ドラゴンも出てくるうえに、人の記憶を奪う霧も立ち込めてるわでめっちゃ不穏な雲行き。なんかおじいちゃんのほうは過去にあったイヤーなことを思い出しそうな感じになっちゃう。
で、結局!!おじいちゃんは思い出しちゃいます。自分はただのおじいちゃんじゃなくて、昔英雄と呼ばれた騎士だったこと。立派な仕事をしたこと。そのためにつらい思いもしたこと。
そして…最愛の妻が昔自分を裏切っていたこと。そのせいで息子は出て行ったこと。
…つらいね。
そして最終的には、2人は一緒にアヴァロンに行けないわけなんです。過去の記憶を思い出しちゃったから…。本当に愛し合っていけなくなってしまったという記憶を…
つまりは人間は魔法の霧によって記憶を奪われないと夫婦仲良くできないし、争いあって戦争を起こしてしまうんだろうか!?
そんなのつらいよね(2回目)
生きるってしんどいね…
アヴァロンは楽園みたいないいところだよーみたいなニュアンスで作中語られているんですが、一方で不吉で、これたぶんあの世のことだよね。2人が忘れちゃってるのかなんなのかよくわかんないけど、旅に出たのはたぶん、死出の旅ってやつだったんだね。
ということが最後わかるんですが、なんかよくわからないままにおばあちゃんだけ先に行っちゃって、おじいちゃんは一人取り残される。ということはおばあちゃんだけが死んだ。
このあとおじいちゃんはどうなるんだろう?嫌なこと思い出しちゃって、おばあちゃんも先行っちゃって、世界は争ってて。
つらい。おじいちゃんは淡々としててあんまつらくなさそうだけど、これ状況的につらくないか。私だったら耐えられないよ。
霧なしでも、平和に幸せに生きていきたいし、できれば配偶者と一緒にアヴァロンに行きたいよ。
というわけで霧のないこの過酷な現実世界で平和を実現するためには、とにかく周りの人を裏切っちゃあいけないね。身近な人から大切にしなきゃね。
と、思うわけですよ。
ノーベル平和賞じゃないですか?
追記
このことを配偶者に話したら
「いつも謝ってるとか言ってあなたさぁ…こないだの喧嘩で泣いて怒ってたじゃないですか」
と言われた。
たしかに…?そんなことが、あったような…
すっかり忘れてましたわ。
記憶を奪う霧は、現実に存在していた…!
たまげたなぁ…