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『クライン』  作者: 新開 水留
9/9

[9]

 

 僕の預かり知らぬ所で起きた、今回の事件。不幸にもめいちゃんが関わってしまった正脇(まさわき)姉妹の事件には、実は後日談が存在する。

 A子さんという女性が療養する病室を後にしためいちゃんは、自宅に戻ってからしばらくした後、一本の電話を受けたそうだ。携帯電話の相手先を確認すると、先程別れたばかりの正脇さん、つまりはめいちゃんの職場の先輩からであった。何かあったのだろうかと思い(その時めいちゃんは、確かにそう思ったのだという)電話に出ると、正脇さんはおかしなことを言った。

「家の中で、声が聞こえるの。怖い、怖い、怖い、って…」

 誰かが家の中でそう呟いているという。男性か女性かも判然としないその声には全く聞き覚えがなく、どこから聞こえて来るのかも分からない。しかし家の中であることは間違いないように感じる、とのことだった。

「明日お伺いします」

 と答えてめいちゃんは電話を切り、翌日、彼女は朝から遊園地へと向かった…。

 僕の推測では、めいちゃんはA子さんと会ったその日、どこかの段階で呪いのようなものを受けたと思われる。その後彼女の記憶が白濁としてはっきりせず、判断能力や他者との会話に明朗さがないこと、遊園地にて僕とうまく意思疎通が取れなかったなどの理由も、すべてそこに行きつく。呪いなのか呪いのようなものなのか、この時点では判断がつかなかった。だが病室で会ったA子さんにも軽い健忘の兆候が見られたというから、同じことがめいちゃんにも起きたと考えれば辻褄は合う。つまり、A子さんはなんらかの霊障を受けて呪われていたか、それに近い状態だったのだ。

 そして娘を連れた僕と遊園地で出会った日の、翌日。めいちゃんは直接出向くことをせず、病院に電話をかけた(これは僕の指示だ)。彼女はそこで、恐るべき話を聞いた。なんとA子さんはこの日の前日、つまりめいちゃんが遊園地に出かけたその日に亡くなったというのだ。

 電話で話をしたのは、めいちゃんがナースステーションでA子さんの様子を尋ねた、眼鏡の看護師だったそうだ。あの日直接顔を会わせていたことで気が緩んだのか、その看護師は他人であるめいちゃんに対し、A子さんが亡くなる間際の様子を話して聞かせたそうである。擁護するわけではないが、人間的な側面で言えば分からなくもない。もしも恐怖を他者と分かち合えるなら、分かち合いたいと思うのが人の本能だろうし、きっとその数は多い方がいい。おそらくだが、当然守秘義務や一般常識を理解した上で、その看護師は自分一人で抱えこむことが出来なかったのだろう。それほど、怖すぎたのだ。

「警察にはどこまで正直に話していいものか、先生も迷ってたみたい」

「…警察? え、もしかしてA子さんが亡くなられたのって、他殺なんですか?」

 驚いて聞き返すめいちゃんに、看護師は「違う」と暗い声で囁き、

「祟りなんじゃないかって、皆言ってるのよ」

 と。

「…た…?」

 言葉が出なかったという。あまりにも話が飛躍しすぎている、と思ったのだ。確かにめいちゃんはA子さんの病室で謎の声を聞いたし、俗に言う悪霊じみた気持ちの悪いナニカであると感じた。急いで対処した方が良いという焦る気持ちもあった。だが、言ってしまえばまだその段階だった。突然死する程A子さんの肉体が弱っていたようには思えなかったし、ましてや祟りとなれば、相手は誰だ、なんだ、となる。

 声を失うめいちゃんの気配を察し、看護師は続けた。

「実際のところ、私もこの病院で十年以上働いてるけど、あんな死に方した人見たことないね。だってさ、凄かったのよ、まるで見えない誰かに引きちぎられるみたいにさ」


 …首が、ゴリッて、もげたのよ。


 眩暈がする程の恐怖をめいちゃんは味わった。

 見知った顔の人間が死ぬだけでも精神的な負担は大きい。しかも、決して穏やかな死ではない。A子さんはベッドの上で絶叫しながらのたうち回り、最後には首をもがれて死んだというのだ。

「妹さんが側にいたでしょう。聞いた話だけど妹さん、名前をSさんって言うらしいのね。だけどA子さん、死ぬ寸前までずっとSさんじゃなくて、他人の名前を叫んでたらしいのよ。めいちゃぁあああん、めいちゃぁあああん、って」


 めいぢゃぁあああん!!

   めいぢゃぁあああん!!

     どおじでえええええ!!


 めいちゃんは電話を握ったまま震えが止まらず、唯一聞けたのは、A子さんが亡くなった時間だったという。看護師はこう証言している。

「私も先生もあまりのことに気が動転しちゃって、夢を見たんじゃないか、嘘なんじゃないかってしばらくは動くこともできなくて。だからはっきりとは覚えてないんだけど、多分夕方だったと思う。午前中も、お昼ご飯の時も元気だったのよ。…そう、思い出したわ。前の日の晩は、奇跡的に発作が起きなかったのよ。あなたが来た日の夜ね。だけど次の日になって…急に…。あ、やっぱり夕方だわ。だってね、窓の外がね、もの凄く真っ赤だったのよ。まるで、A子さんの血飛沫が飛んだみたいに」



 

 僕の推測はこうだ。

 A子さんと初めて会った日、めいちゃんは何らかの形で『呪』を受けて帰ってきた。それはおそらく、妹であるめいちゃんの職場の先輩も同様だろう。彼女も家の中で「怖い」という声を聞いたそうだから、間違いないと思われる。その日の夜、A子さんに発作が起きなかったことと、翌昼まで体調が良かった事がそれを証明している。

 呪いは他人にうつせるし、移動するものなのだ。

 だが、遊園地を訪れためいちゃんは夕刻になって、僕と、僕の娘の成留(なる)に出会う。その時、めいちゃんの体内に巣食う悪しき何かを感じ取った成留が、めいちゃんの胸を叩いた。僕も妻も成留に特別な力があることを知っている。だが娘はまだ三歳だ。率先的にその力を伸ばそうと考えた事はなかったし、僕自身成留が他人の魔を祓う瞬間を、この時初めて目の当たりにした。結果的にめいちゃんが受けた『呪』はそのまま『呪』を打った本人の元へ飛んで帰った。…つまり、A子さんだ。あとの事は、ご想像にお任せする。

 そして、とある病院から、僕の師である三神三歳が只ならぬ状態で運び込まれたという連絡を受けたのは、奇遇にもめいちゃんと遊園地で再会した日の、その直後の出来事である。そして後に分かった事だが、同じ日、めいちゃんの姉である秋月六花さんと、僕の妻である新開希璃(シンカイキリ)が行きつけの喫茶店『リッチモンド』で待ち合わせて会っていた。その事自体に意外性はない。だが、色々なタイミングが重なり過ぎているという不穏さを孕んだ灰色のモヤが、いつまでも僕の脳裏にぶら下がり続けた…。






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