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『クライン』  作者: 新開 水留
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[2]


「入院?」

 と、私は聞き返した。

 お昼休みに相談を持ち掛けてきた、正脇さんという名の先輩の話では、つい最近ご家族が急な病で入院したそうなのだ。「ご家族というと、ご両親とかですか?」

 私の問いに正脇さんは頭を振ったものの、

「姉が一人、いて。…その、姉がね」

 と、返答の歯切れが悪い。言いにくい話とのことであったから、あまり口に出したくはないようなご病気なのだろうか。

「大丈夫ですよ、誰かに言ったりなんかしませんから」

 と私が言うと、正脇さんは白い顔に苦笑いを浮かべて頷いた。

「そこは、うん、秋月さんのことだから心配はしてない。ただ何ていうか、私自身、よく分かっていないというか…」

「難しい御病気なんですか?」

「病気って言うと病気なんだろうけど、そこも実は、なんだか要領を得なくてさあ」

 正脇さんの話では、入院されているお姉さんの担当医は、ご家族に対してこう言ったそうなのだ。

「○○さんは、病院では治せないかもしれませんよ、って」

 正脇さんのお姉さんの名前は、あえて伏せる。だがその担当医はこともあろうに、入院患者の家族に対して『治せない』と言ったそうなのだ。私が嫌悪感を募らせていると、眉間に寄った皺に気づいた正脇さんが、首を横に振った。

「姉は前々からそこの病院に通ってたらしいの。私は実家を出てるから知らなかったんだけど、全然知らない先生が適当なことを言ったとか、そういうことではいんだって」

「掛かり付けのお医者さんなんですね。…お姉さんは、今もご実家なんですか?」

「出戻りでね。家事手伝いをしながら、通院を続けてたんだって。離婚によるストレスなのかなんなのか、体調を酷く崩してたらしいの。親も年だしさ、なんとなく姉が家にいてくれることで色々助かる面もあったそうなんだけど、その、あのー…」

「ご入院されるほど、悪化してしまわれた、と」

 正脇さんは頷いたが、話にはまだ続きがあるようだった。そもそも、当初お姉さんが通院されていた理由というのは、肉体的な不調が原因なのか、それとも精神的な負荷による所が大きいのか、どっちだったのだろうか。

「今思えば、どっちにも取れるかなあ。倦怠感や眩暈があったそうなんだけど、しょっちゅう風邪を引いてたみたいだし、鶏が先か、卵が先か、みたいな」

 と正脇さんは言う。

「ご入院にいたった経緯というのは?」

「それが…」

 正脇さんのお姉さん自身が、入院させてくれ、と病院側に直談判したそうなのだ。血走った目で長い黒髪を振り乱し、それはそれは物凄い勢いで縋り付いたそうである。もちろん病院側は拒んだが、涙ながらに直訴するお姉さんは、担当医や看護師が困惑するその目の前で、大量の血を吐いたそうだ。

「…血?」

「ちょっと口の中を切ったとか、舌先を噛んだとかでは考えられない量だったらしくてね。それで、そのまま」

「なるほど、心配ですね。胸のご病気だったり、あるいは、肺とか?」

 だが正脇さんは、首を横に振る。

「検査の結果は、異常なしだったって」

「…え?」

 その時初めて、私にはピンと来るものがあった。お姉さんのご病気についてではない。何故、正脇さんが私に相談を持ち掛けて来たのか、それが分かった気がしたのだ。

「秋月さんも、おかしいって、思うでしょ?」

 そう言って私を見つめ返す正脇さんの目が、私の推測に間違いがないことを物語っていた。


 私の名前は、秋月めい。

 年の離れた姉の名は、六花ろっか。姉と私には血縁関係がない。だが運命のいたずらか、現代の魔女と称された姉に育てられた私にも、不思議な力が備わっているのだ。正脇さんはそんな私の力を知っている、数少ない人間の一人である。



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