三羽の鴉
渇いた風が吹いていた。墓場のように煤けた臭いの風が。
階堂澄花は、意味不明にゴキゲンで俺を見ている。こちらの敵意に気付きもしない。あるいは、気付きながらも無視されているのかもしれないが。
「…………光一、誰?」
ともかく、背後の有紗が怯えている。
「ねぇ浅葱クン、」
「黙れ。」
低く唸る。有紗の前で朱峰の話をすることは不許可だ。例え相手が狩人だったとしても、俺は喧嘩を売るだろう。
まったくこちらの意図など汲まないであろう階堂は、有紗を見るなり意外な反応を示した。
「……何? 都合が悪いの? 場所変えようか?」
眉尻を落として、似合いもしない。この女が利己以外で他人に気を遣うなど考えられなかった。
「ああ、都合が悪い。有紗を面倒事に巻き込むな」
「そう。じゃあ今はやめておく。いつならいいの?」
「………………」
従順すぎて、裏を疑うなって方が無理だろう。ヒス女は異様なまでに上機嫌で微笑んでいる。そこから飛び降りて死ねって命令しても実行しそうで不気味だった。
――――面倒事は御免だ。
「放課後にしろ。他の奴には黙っとけ」
「分かった。それじゃまた、放課後に。逃、げ、な、い、で……ね――?」
三日月形の笑み。最後の最後に、やっとそれらしいセリフを残していきやがった。去っていく足取りは軽やかで、淀みがなくて不穏だった。
「……どう思う、タケル」
「厄介だと思うな。あの女、かなりしつこいように見えるぞ」
「はぁ、やっぱりか。俺も似たような感想だ。ったく、まさか毎日付き纏われるんじゃねぇだろうな……」
一方通行で寄って来られるなど不愉快の極みだ。ここに来て、俺はストーカー被害者たちの哀れすぎる心境を理解する。覗きこんでくる有紗も心配そうだった。
「ねぇ光一……さっきの人、何?」
「面倒くせぇ奴。心配すんな、とっとと追い払う」
「光一は、あの人に付き纏われて迷惑してるの?」
「ん?」
有紗が、しがみつくように見上げてくる。母親に縋る子供のように不安そうだ。その純粋で透明なガラスみたいな双眸が、食い入るように俺だけを見ていた。
「あー……まぁ、そうなるか」
少しばかり言葉に詰まってしまった。どうにも切実すぎていけない。俺たち3人は、ここのところ本当にどうかしている。
「…………あの人が消えたら、光一は嬉しい?」
影が差す。夢が覚める。開けっ放しの鉄扉の方を眺めて、有紗がポツリとそんなことを言った。錆びた鉄の表面を見ながら言った。酸化気味の金属は何故かボロ布のようになった死体を連想させる。有紗らしくもない、どこか枯れた老婆のような表情だと思った。
「……おい……」
「冗談だよ。」
こちらに向けられたのは満面の微笑。
――その時、憎らしそうな、恨みがましいようなしわがれた声が屋上の大気をザラつかせる。有紗の背後、給水塔には真っ黒なカラスが三羽いた。憎い憎いという声を上げながら、階堂が去って行った方向をじっと見つめていた。




