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天使狩り  作者: 飛鳥
第1章
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首を曲げられた人形


 保健室のベッドで目を覚ます。閉ざされた白いカーテン、録音スタジオみたいに静まり返った密閉空間。カーテンを閉めたまま枕元の空き缶を灰皿に喫煙していたら、保険教師にカーテンを開けられて追い出された。二度と来るな、らしい。

 保健室を出ると同時にチャイムが鳴り響く。携帯で時刻を確かめれば昼休みらしい。保健室の周辺は一年教室ばかりなので、顔も名前も知らない後輩どもが駆けていく中を進むことになる。荒波を進む笹舟になったような気分だった。なにせどいつもこいつも、びびって道を開けやがる。俺は何もしていない。

「ち……」

 階段に差し掛かる。既に購買行列が形成され始めていた。もう2分もすればここら一帯は地獄絵図と化す。そうなる前に昼飯を確保しておこう。しかし、最後尾に並んだところではたと停止する。

「…………光一? 何してるの?」

 階段を下ってきた有紗と目が合ってしまったのだ。その手には何やら、弁当箱が2つもあった。一体こいつは一日何食分の食事を持って登校しているのやら。

「……いつも悪いな」

「何言ってるの光一、ちゃんと食べてしっかり勉強してもらわないと」

 そろそろ食費を封筒に詰めて返す頃合いだ。メシだけは死んでも食わねばならんが信条の俺だが、メシというのは生活の骨子だけあって存外値が張る。有紗のポケットマネーから出ているとしたら相当額だ。真面目に検討しておこう。

「でもだめだよ光一、またサボりなんて」

「違ぇよ。今日は本気で体調が悪かったんだよ」

 狼少年か、俺は。体調不良は真実だが、自分で言ってても嘘臭い。

 階段で朱峰椎羅とすれ違う。一瞬目が合って、しかし何事もなく通りすぎていった。背後の有紗が静かになったので、どこぞのエースを見習って即座に話を切り替える。

「いい天気だな。屋上でも行くか」

「あっ、屋上で食べるの? いいね! ……でも大丈夫なのかな」

「いいんだよ、知らないのか。世の中バレなきゃ何やってもいいんだぜ……と、そうだ。タケルのやつはどうしてた」

「昼休みになった途端、急いでどこかへ行っちゃった。誰かとデートかな?」

「そうかい。そりゃデートだな」

 きっと絶対間違いない。階段を登りきり、鉄扉を蹴り開ければ青空一色。そして何故か、黄昏れながら購買の焼きそばパン食ってる孤高のタケルがいるのだった。ん、とこちらの姿に気付く。

「……なんだ、デートか?」

 断固無視して食事の用意を進める。



 ニヤニヤしたまま去ろうとするタケルを腕力で引き止め、力ずくで昼食を決行した。いつもと何も変わらない昼休み。騒がしい校舎。一度だけ、見知らぬ生徒が屋上の扉を開けたが、俺たちに気付くとすぐに引っ込んでいってしまった。

 タケルは購買、有紗は小さな弁当箱、俺は重箱の一段だけを取り出したような正方形の弁当箱だった。

「…………すげぇボリュームだな」

「でしょう? いっぱい食べて大きくなってね」

 素晴らしい肉感と米の量である。高校生にもなって別にこれ以上大きくなる必要性は感じていないが、栄養価が高いのは素晴らしいことだろう。

「いただきます――」

 勢いよくがっつく。俺なりの食事作法のようなものだ。人間だって生き物なんだから、補給の時くらいガツガツと食うべし、食うべし。ところでどうしてペットってあんなにも食事にめがないのだろう。

 タケルはもさもさと購買パン食っていやがった。コーヒーサンドと名の付いた、四角形のパンの真ん中にチョコクリームがたっぷり挟まってるやつ。一番人気のパンだ。きっと一番乗りだったんだろう、この男は平常運行である。

 この3人組ではハイな会話になることはまずないが、逆にそうそう沈黙することもない。誰ともなしに話し続ける時間が続いた。いつもの昼休み。

 だが、その内に静かになり、一人分の空白が気に掛かってしまうようになった。一番勢いのある奴が不在なのだ。

「…………伊織ちゃん、まだ目が覚めないんだってね……」

 有紗が箸を止め、そんなことを言った。可愛らしいプラスチックの箸まで悲しく見える。青いプラスチックの透過光が、青い影を落としていた。

 温かい日差しを肌で感じる。こんな天気のいい日なのに、あいつはどんな夢を見ているんだろう。どんなにいい夢見てるのか知らないが、とっとと現実に帰って来て欲しいもんだ。

「ったく…………いつまで寝てんだ、あの馬鹿。」

 自分が思ったよりずっと感情的な声だった。まったく情けない。タケルは何も言わないし、有紗だって沈んでいる。こんな時は、とっとと話題を変えてしまうのがいいらしいとつい最近学習した。

「まぁ、気長に待ってようぜ。それよりさ――――あ?」

 がしゃん、とドアが開け放たれる。張り詰める空気。何が出てくるのかと困惑した。

「…………」

 ユラユラと、幽霊のように姿を現す何者か。死んだ顔。それが、俺たちを視界に捉えるなり半月形を貼りつけた怪人の顔に変わる。毒々しい三百眼が歓喜に震えていた。

「――――探したよ、浅葱クン。こんなところにいたんだ」

 有紗を背後に庇う。タケルが険しい顔をする。俺はタバコに火を付け、殺意を叩きつける。

「……失せろ、クソ女。うざってぇ」

「なにそれ、ギャグ? ひどい挨拶をするのね、さすがはこの学園始まって以来の問題児なだけあるわ」

 軽い足取りで近づいてくる。女は俺の心底の敵意に気付かない。俺はこいつが嫌いなのだ。特に有紗にだけは関わらせたくない。だがまったくお構いなしに、階堂澄花が不似合いな少女らしい仕草で小首を傾げるのだった。

「ね、昨日の話のつづき――――しましょう?」

 首を曲げられた人形のようだった。

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