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天使狩り  作者: 飛鳥
第1章
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負け犬


 有紗と伊織はどうしているだろう。

「……………………」

 寝枕で、部屋を真っ暗にして考える。どうにも眠れそうになかった。本当、いろんな事が起きてしまった。

 右腕のギブスが重い。つい数日前まで、平穏な学園生活に溺れていた気がするのに、望まずともそこにあった日々が今はもうとても遠く感じる。

 ああ――――忘れていた。誰も死なない日常の安心。勉強で失敗したって誰かを殺すわけじゃない。数学の公式を忘れていたからって死に直結するわけじゃない。国語の問題が解けなくたって、誰かの命を背負ってまで考える必要はない。

 昼の校庭が、校舎が脳裏に浮かぶ。

 なんて無責任で、簡単で安全圏で幸福なんだろう。――平和ボケってのは幸福と同義語だ。人間は満ち足りては自身は不幸だどこか足りない、なんて嘆き始める。自分より下を見ることに意味など無いというのは綺麗事だ。真実、人間は、人生はみな平等ではない。

 日本人は、自分より下の暮らしをしている人間に『同情する必要なんて無い』と蓋をして、自分よりいい暮らしをしている人間を見上げては『不公平だ』『許されざることだ』『あいつらはもっと俺たち下の者のことを考えるべきだ!』と主張する。

 どこに矛盾があって、何故そういう発想になるかなんて考えるまでもない。他人の苦痛に対する想像力欠如は何も虐待親や政治家に限った話ではないのだ。

「………………」

 弛緩しきった痛みのない街で、腕を折って全身擦り傷まみれな自分は何なのだろう。

 吠えて、衝突して、大口叩いていたくせに弱いと罵られ、惨敗して腐って、何も守れなくて。

 置き去りにしてきた問題だらけだ。雨の中の妹。赤い傘の有紗。機嫌の悪い伊織。俺はまだ、ただのひとつとして解決できてはいない。

「…………犬……か」

 お似合いで笑えてくる。負け犬。遠吠え。躾のなっていない野良犬。餌食って噛みついて怪我して吠えて寝て。

 浅葱光一は犬に似ている。まったく朱峰椎羅の言うとおりだ。この俺こそ、負け犬と呼ばれるに相応しい。


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