表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天使狩り  作者: 飛鳥
第1章
90/124

監視係


 うだうだと夜の家路を歩いた。真っ暗闇。何も無い。俺自身も含めて、何もかもが死に絶えている。

 気が付けば玄関前に立っていた。口からスピリチュアル漏れる。苦行にしか思えない階段登りも、毎日繰り返していれば慣れてくるものだ。

「ただいまー」

 シックな音を立てる玄関。恐らくは高級なマンションの部類なんだろうが、住み慣れてしまっているので何も感じない。防音性能はそれなり。うちの家は、深夜でも明かりがついていて、まるでゴールデンタイムのようだった。

 夜に生きる俺たちなのだから、当然普通の人間とは生活時間が違うのだ。

「あら、おかえりなさい光ちゃん。――って、すごいわねそれ。満身創痍じゃない」

 いつもと何も変わらない春子さんが、少し苦めの驚嘆を浮かべる。言うまでもない、片腕にギブス。その他、頬に貼りつけた湿布も絆創膏も、あちこちの打撲も包帯も装飾過多なクリスマスツリーのようだ。

 重いギブスを持ち上げる。

「……すいません、やっちまいました。しばらく使い物にならないかもッス」

「いいのよいいのよ。事情は聞いた。まったく、本当に1人で無茶するんだから……」

 感動した。本当に話が分かりすぎて涙がちょちょぎれそうになる。まったく春子さんは、なんてお優しいのだろう――。

 だが一点、引っ掛かりを覚えた。

「事情は、聞いた……?」

 よく見れば、足元。見覚えのないスニーカーが丁寧に並べられていた。

「ああ、邪魔しているぞ光一」

 タバコが落ちる。キッチンに踏み込めば、何故かタケルがうちの食卓でホットココアを嗜んでいる場面だった。

「おま……何やってんだ」

「少しばかり大事な話をな。何、俺は狩人、春子さんは天使狩り。どこもおかしくなどないだろう」

「いや、それはそうだが……」

「話はタケル君から聞いたわよ光ちゃん。まぁ、余計な詮索はしないでおいてあげる」

 そう言って俺の分のココアを入れてくれる春子さん。夜食も用意してくれる。俺は何を言うべきか、そもそもタケルが何をしに来たのか掴みかねていた。

「まぁ、ひとまず座れ。お前のうちだろう」

 そう言われ対面の席を勧められる。まるで探偵事務所の探偵と依頼人。意味深な横顔。ココアすすってても分かる。どうにも、何やら込み入った話になりそうだ。

 うだうだ言っても始まらんのでまず腰を下ろす。

「何のつもりかしらねぇが……とりあえず、メシ食ってからでいいか」

「ああ、構わん。このまま待っている」

「はい光ちゃん、今日はカツ丼」

 芳しい揚げた衣の香り。肉と米と卵とじの温かみが内蔵を蠢動させる。片手で箸持って、侍のように顔の前で手のひらを立てた。

「いただきます」

 勢いよくがっつく。メシだけは死んでも食わねばならん。



 がつがつと食事を済ませ、スポンジに洗剤つけてとっととどんぶりを洗ってしまう。が、そこで完全に手が止まった。

「………………」

「いいわよ光ちゃん、片腕なんだから。無理しないで」

「………すんません……」

 午前ウン時に保護者に食器洗わせるドラ息子と化してしまった。情けない。朱峰椎羅ブチ殺し隊。食後に冷蔵庫から引っ張りだしたブラックコーヒー飲んで、タバコに火をつけて、ようやく一段落した。

「で、用件は何だ。面倒事は勘弁だぜ」

「安心しろ。お前の大好きな面倒事だ」

 舌打ちして睨み上げる。タケルは悪びれもせずクククと声を漏らして肩をすくめやがった。

「冗談さ。別に、ただ少しばかり頼みがあって来ただけだ」

「頼み?」

 春子さんの方を見る。食器を洗う背中、「うふふ。光ちゃん次第ねぇ」といつも通り優雅な叔母様だった。

 視線を戻すと、タケルの顔から笑みが消えていた。

「――――俺を、朱峰椎羅の監視任務から外してくれ。話はそれだけだ」

 重い言葉だった。冷えた鉄パイプを首に押し付けられたような感じがした。あるいは、引き金ひとつで派手に炸裂する弾丸のようにも思えた。本当に、引き金を待つ鉛のように冷たい。

「春子さんから色々聞かせてもらった。なんでも、朱峰椎羅の件で、黙認することと引き換えにこの俺を監視係につけたそうじゃないか。……まぁ、アレの正体を聞いた時点で大方予想はしていたが」

「……おう」

「しかし、事情が分かってしまえば俺だって、アレのおもりなど死んでも御免だ。あんなマガイモノの素行監視ために狩人業務を怠ることも馬鹿馬鹿しい。――だいたい監視なんてのは、狩人間では葬儀屋バックアップに任せるのが暗黙なんだ。狩人は前線武力、情報収集はバックアップの任務だからな」

 腕を組み、瞑目して述べるタケルはまるで書道の筆で荒々しく書き付けているようだった。

「……その件に関してはごめんなさい。あの時要求を持ちかけたのは私だし、咄嗟に信用できる狩人がタケル君しか浮かばなかったから」

 洗い物を終えた春子さんが、俺の隣に立つ。春子さんがタケルの名前を出したのは仕方ない。外部の俺たちが、表に出てこない情報収集役の名前を知るはずがないのだ。

「光栄です、春子さん。ですが――」

「いいのよ。こっちこそ、今まで事情を話せなくてごめんなさい」

 深々と、春子さんが頭を下げる。呆然と見ていると、頭頂に手を置かれ、俺も頭を下げさせられた。いわゆる謝罪。その時、タケルが目を見開いて本気で硬直するというレアな場面を覗き見てしまったのだった。

「…………」

 声も出せないでいる。気持ちは分かる。おおよそ春子さんの性格を知っている人間なら、ここまで真剣に頭を下げる、というのがどれほど重大なことなのか分からないはずがない。

 春子さんは案じているのだ。今回の件で、俺とタケルの関係に亀裂が入ってしまっていないかを。

「………春子さん、俺は……そんなつもりでは……」

「いいえ、このくらいしておかないと。ケジメだもの」

 珍しく、無表情ながら狼狽するタケル。俺も正直困惑していた。

「っ……分かりました、いいです。もう顔を上げてください――それより、」

 間髪置かずに話を切り替えるタケル。とにかく機転の効く男である。

「ああ、朱峰の監視を別の人間に変えたいってんだろ。いいぜ。ただし条件がある」

「……今度は何だ」

「代役はお前が選べ。蝶野の言いなりにならない、ちゃんと信用できる人間をな」

 悩ましげなタケルだったが、大した条件でないと分かって安堵したようだった。春子さんは静かに聞いている。狩人と天使狩りが2人して授業参観でも受けているような気になってきた。

 タケルの脳は、あっさりと適任者を見つけたらしい。

「…………了解した。道明寺にしよう」

「誰だ?」

「座敷童子――とでも言えば分かりやすいか? こんな呼び方、当人の前では到底できんがな」

「あー……」

「彼女なら、前線よりこういった任務に向いている。明日、俺から頼み込んでおこう。必要なら顔合わせでもしておくか?」

 何とかちゃんを座敷わらしって言うなーとか何とか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ