優雅な微笑
「よく生きているな」
ベッド脇から投げかけられた言葉は俺の脳には声の羅列として認識され、意味を成さなかった。
見覚えのある天井を見上げていた。胸の内は空っぽだ。ここのところ、ずっとこんな感じだったような気がする。
周囲を見回せば、黒い漆塗りの壁、安っぽいが重厚感がある。恐ろしく頑丈なわけではないが、壁材が厚いため少々のことでは大破しない。そんな工夫を凝らすのも、恐らくはここに暮らす奴らが戦闘民族だからなのだろう。よくよく見れば、刃物やなんかで切りつけたような傷が散見された。
花宮市狩人本拠――その、救護室だか処置室だかにて寝かされているらしい。シーツが冷たくて無機的だった。
ため息が出る。こうやって保健室みたいなベッドで目覚めるのも2度めだ。――――あの時も、俺は確か赤羽にやられちまったんだったか。
「………………」
目を覆う。そうだ、忘れていた。俺が朱峰に敗北を喫するのは初めてではなかったのだ。それも、前回は出会い頭に恐慌を起こしてしまったからという言い訳もつくが、今回は完敗としか言いようがない。正面切って負けてしまったのだ、浅葱光一は。
「…………俺、弱ぇな。また負けてやんの」
「単純に身体能力だけを見れば、それが当然の結果だ。そもそも銃弾を回避される時点で普通に考えれば銃士のお前に勝ち目はないだろう」
タケルは、ベッド脇の丸椅子に腰掛けて文庫本なんぞを読みふけっていた。蹴りたい背中。こっちのセリフだ。
どうにも救護されてしまったらしい。あちこちに包帯が巻かれていて、左腕はギプスになっていた。石のようになっていて動かしたくもない。あちこちから擦り切れたような痛み、各所から打撲や切り傷の痛みがやってきて混ざり合って、一周回ってゲシュタルト崩壊を起こしている。無為。痛みは、痛みであって痛みではなかった。
そんなことより気分の落ち込み方のほうが重傷だった。
「………なんも言えねぇ」
「それはこちらのセリフだ。――お前、いくらなんでも行動が早すぎるぞ。決行するなら事前にそう言え」
「あん?」
ぱたんとハードカバーの本を閉ざして、文学少年のようなタケルが颯爽と去っていく。
ドアを開け、タケルちゃんは最後に一度だけこちらを振り返り、不思議な言葉を告げるのだった。
「――――本当に極端な男だな。しかし、それくらいがお前らしいか」
優雅な微笑。意味不明。ドアが閉ざされる。




