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天使狩り  作者: 飛鳥
第1章
85/124

無所属


 ファミレスで、何も言わずに立て肘ついていた。夜の街はつまらない。平坦で絶え間ない人の流れが、イベント値ゼロで通過していく。誰一人として意味のある行動を見せることはなかった。

 階堂澄花……あの女は面倒だから帰らせた。明日また学校で話すという約束を取り付けて。あんな他人の面倒を見るつもりなど毛頭ない。なので、目の前にはタケルが1人いるだけだった。

「……………………」

「…………………」

 平常時と何も変わりないように見える。そも、この男が感情のゆらぎを見せたこと自体がレアケースだ。夕暮れ頃のアレは白昼夢みたいなものだったんだと納得しよう。

「まったく…………よりにもよって、赤羽のおもりを押し付けられていたとはな……おい、聞いているのかこの、腑抜けの羽狩り」

 全然白昼夢じゃなかった。タケルちん怒り心頭である。

「……はぁ」

 面倒くせぇ。くさいものにフタをしたい気分だ。具体的には、タケルの鼻口をガムテープで塞いで窒息させたい。夢は叶わないものなので、現実を生きる俺は脱力する。

「はぁ……なんかイイことねぇかなぁー……」

「ああ、そのセリフは40代のサラリーマンがよく言ってるな」

「るせぇ」

 いちいち癇に障るヤロウである。不意に思い返せば、ここの所やることなくて男子2人でファミレスにばかりいる気がする。ドリンクバーという名のテーブル利用料、幸いにも目の前でブルジョワが今日も肉料理食ってるので店員の視線が痛いなんてこともないのだが。

 しかし実に美味そうなローストビーフである。内部が赤みがかっていてお手本的だ。それを、いつも通り無駄に育ちのよさそうな食い方してやがる。

「……お前、最近肉ばっか食ってねぇか」

「狩人仲間につつかれてな。速度重視もいいが、もう少し体重をつけて力強くなった方がいいらしい」

 なるほど一理なくはない。しかし、人間ながら巨大狼と拮抗したり、タケルの腕力は現状で十分なのではなかろうか。

「いいや、これが難しいものなんだ。お前は銃士だから分からんかも知れんが、剣士にとっては突進力も必須かつ重要な要素のひとつでな。特に俺たち異常現象なんて常識外を相手にするとなると、逆に重量が必要な場面も出てくるさ」

「……なるほどねぇ。そういや、ボクシングだって重いほうが強いんだっけか」

「一概には言い切れんがな。しかし、体重の軽い人間と重い人間の“突き”を比べれば、威力で一目瞭然だろう。そういった違いが出てくる場面は何も、突きに限った話ではない」

 合点がいった。俺も体重増やすべしか。闇雲に力だけ付けてても足りないのかもしれない。タケル師匠は前掛けつけて、左手のフォークを教鞭のように振るう。

「しかし、無駄に増やしすぎても今度は逆に動きが悪くなる。……速度を課題としている俺にとっては、なかなかに悩ましいバランスだ」

「だろうな。まったく、兵士ってのは楽じゃねぇ……」

 メニューをめくる。こんなファミレスで注文ひとつにまで気を遣う。どこまでいっても戦闘狂である。あるいは、アスリートやなんかに近い考えなのかもしれないが。結局は『どこまで突き詰めることが出来るか』――これこそが全てなのである。

 タケルが肉を食いながら瞑目する。

「で、話を戻すが」

「なんだよ。面倒クセェ話は無しで頼むぜ」

「そういうわけにもいくまい。なんたって、あの赤羽がこの街に舞い戻ってきて狩人なんぞをやっているというのだからな」

「……………………」

 珍しく固執している。当然だが。ここで何も話さずサッパリ忘れてくれるような人間なら、タケルは狩人なんぞやってはいないだろう。肉料理を食しながら、男はなんでもない日常会話のようにそれを口にした。

「――――――そうだな、暗殺を提案しよう。俺がやる。文句はあるかこの腑抜け。」

 血も凍る。直球も直球、悪即斬もいいとこである。タケルはどこまでも涼しげだ。こういった場面で冗談や虚勢を張る男ではないので、そのまま本心で本気で決定事項なんだろう。しかし聞き捨てならなかった。

「……誰が腑抜けだ、この腐れ狩人」

「誰が? お前以外に誰がいる。あれだけいつもいつも大口叩いておきながら、肝心な時には狩人に尻尾振って媚び売っている浅葱光一のことだが」

 怒鳴り返してやろうにも、返す言葉が何もなかった。何故なら非の打ち所もない正論だからだ。この俺は、蝶野の野郎に言いくるめられた情けない負け犬だった。

「いいか。天使狩りという存在の利点は“狩人外部の人間であり、ある程度自由が効く”……この一点だ。逆を言えば、お前はただそのためだけに孤立しているといってもいい」

 天を仰ぐ。今日もあの忌まわしい巨大眼球は、雲の向こうから俺を見下ろしていやがるのだろうか。

「蝶野さんが何を考えているかは分からん。だが朱峰椎羅が庇われているのは事実だ。お前の役割は何だ? ――狩人に庇われている。故に狩人以外の者が必要になる。“狩人以外が”狩人の行いを批判しなければならない。違うのか」

 瞑目する。誰も批判という行為を行わなくなった世界。それはとても平和で、安穏で穏やかで実に進歩がない。空気は流動をやめ、腐敗の温床となる。そこに長く住めるいきものは、その腐敗の温床に預かる外道だけだ。

「…………そうだな」

 タケルの言うことは正しい。蝶野は何を考えているのか分からない。春子さんは、あれでいて俺という甥がいるから大人にならざるを得ないんだろう。

「…………」

 窓の外は夜の街、怪奇と陰謀と白羽の渦巻く混沌の情景。現代日本の夜、陽の目を浴びることのない戦場がそこに広がっている。

 俺は――――誰だ?


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