半分は優しさ
「ねぇ光一、早く映画観に行きたいね」
伊織タケルと別れて、日課と化し始めている有紗の見送り任務を続行していたのだが、なんとなく言葉に詰まった。
はやく、観に行きたいね? うんと言えばいいのか。なんだろうそれ、俺のキャラじゃねぇ。
「…………光一?」
「なんでもねぇよ」
しっかし夜道というものは静かだ。あんまりにも無音過ぎて、そりゃもう犯罪に走りたくなる気持ちもわかる。あの白い街灯の光が届かない辺りなら、通りすがりのばあさんからカバン奪って逃げたとて捕まりはすまい。
夜は絶好の犯罪スポットだ。そしてその犯罪者共にすら気付かれぬよう、夜闇から滲みだすように顕れる、子供の声をかき混ぜたような、幻、聴――……。
「…………」
ずきりと脳が痛んだ。何だ、いまの。一瞬血まみれのあの少年天使の顔が浮かんだのだ。俺を見て嘲笑していやがった。何がおかしい。血だらけで何笑ってやがる。なんて、不快で気味の悪いイメージ――。
「ち……有紗、バファリン持ってねぇか」
「家にあるよ。どしたの、頭痛?」
「ああすまん、頭痛だ。あとで優しさ分けてくれ――」
ずるずると足を引きずるように前へと進む。何だ? 嫌な感じだ。あるいは直感か、霊視か何かだったのだろうか。
よく分からない。霊視と呼べるほど、明確なイメージではなかったはずだが……。
「よし、上がって光一。バファリン探してくるよ」
「おう……悪いな」
玄関のところで靴を脱ぐでもなく、カーペットの隣に腰を下ろしてカバンを置いた。キッチンへ行った有紗ががちゃがちゃと戸棚を漁っている。
「――えらく騒がしいな。別に、そんな急ぐ必要もないんだが」
「何言ってるのさ、頭痛なんでしょう? 早く薬のんで治さないと。早く早く」
ひょいと顔を出してまたすぐ引っ込む。聞こえてたのかよ。
「ごめんね。バファリンだけ、どこに仕舞ったのか分からなくて」
そういうこともあるか。ズキズキ痛むこめかみを押さえて座り込んでいたら、不意に何か違和感を感じた。
「…………ん?」
影。俺の背中が影で覆われ、目の前の玄関にシルエットを投射していたのだ。背後を振り返っても誰もいない。人影は――
「―――――、」
階段の上、薄暗い2階に幽霊みたく立っていた。ラフな部屋着。生気のない立ち姿。スウェットなんかを着込んだ髪ボサボサの、ご丁寧に可愛いスリッパ履いた、そいつが――
「おい……!」
声をかけようとしたら、何かが飛んでくる。ゆったりとした速度で、2階から落下してくる。
思わず動体視力を駆使して追ってしまった。地面に落ちないよう、ハエを掴むように右手を伸ばす。
――――――。
この戦士の手は、綺麗に小さな何か青色系の箱を掴んでいたのだった。
そこに書かれていた文字列は。
「………………バファリン?」
「光一、どうかした?」
見上げた2階に、妹の姿は既になかった。




