string
「サボる」
「いってらっしゃい。下校時間までには、帰ってきてね」
ニコニコ微笑の有紗に送り出され、教室をあとにする。
廊下。
振り返る。
機嫌よく手を振っている。
俺も適当に振り返しておく。
と、有紗の背後に伊織が現れ、真顔で言った。
「いや、毎度のことながら、そこは止めようよ有紗ちゃん」
「え――?」
なんて心底不思議そうに不理解を表明する有紗。何故分からない? 伊織は、胸のモヤモヤをぐにゅぐにゅして懊悩してからああもうっと吐き出した。
「クラス委員でしょ」
正論だ。実に正論で余計なお世話だ、マジ、黙っとけ。
「有紗ちゃん、いいの? 光ちゃんみたいな男は放っておいたらひどいことになるよ? 絶対仕事しないよ。フリーターとかになって毎日パチンコ通いしてタバコばっか吸ってる寒い人生送っちゃうんだよ」
「でも――」
「でもじゃないよ! 毎日コンビニ飯食べて、着てるものはいっつも一緒で、スニーカーとか穴が空くまで自分ではボロボロになってることに気付かないよ。ね、やばいよ。きっとそのうちパソコン齧り付きのヒキニートだよ」
さんざんな言われようである。伊織はゴミを見る目、有紗は困惑の入り混じった哀れみみたいな眼。俺の心はズタズタだ。
「けど――無駄だと思うの」
「「へっ?」」
女神アリサはおっしゃった。世界の輝く一言だった。
「今日、パチンコ屋さんのオープンの日だし」
紙吹雪舞う。よく分かっていらっしゃる、さすが幼馴染み。俺は隠れてガッツポーズ、伊織がいよいよケツ蹴ってきた。
「痛ぇ! 痛ぇ!」
「あははー。光ちゃんしねー」
ちょっと待てなんだそのサドい笑顔、え? え? 女子の拳が怖い?
「おげぁ!?」
ガードしようとした手をはね除けられ直撃。一寸違わず鳩尾やや左寄り、つまり心臓部に突き立つ女の鉄拳。俺は悶えた。床を転げまわって胸を掻きむしった。本当に本気で殺す気だこいつ。
ひとしきりタケルのごとく転げる俺、壊れた殺人マシーンのように上履きの底を打ち落としてくる伊織。壊れたように笑ってる。この娘マジイカレテんぞ。
「……ん?」
「あら。どうしたの有紗ちゃん」
そわそわ。有紗はどこか心配そうに俺を見ていた。迷ってる。
「……光一」
「ん」
「お金貸してあげよっか?」
本当、病的が余分だ。
+
パチンコ屋で叔母と遭遇した。
「…………………」
自動ドアをくぐった途端に奥の席に見慣れた姿を発見したのだ。見つからないよう回れ右して、そそくさとニゲルニゲル。
「そうか……オープン前から並んでたのか」
今朝方やけに部屋が静かだと思ったらこういうことだったらしい。
忘れよう。
†
裏門を乗り越え、下駄箱で靴を仕替えてまだ騒がしい校舎内に戻った。がららとドアを開けた途端にアレに出くわす。
「む。早いな光一、パチンコへ行ったと聞いたが」
タケルが一人、席で週刊少年ジャンプを読んでいた。タケル以外のクラスメイトは雑談したりじゃれやりしている。有紗と伊織の姿だけは見当たらなかった。
「ああ、金がなかったのさ……」
「そうか。まぁ、そうだろうな。かねてから言ってる通り、ギャンブルは身と魂を滅ぼすぞ光一」
完全無欠スルー。俺はタケルの隣の席の椅子を引っ張り出し、前後逆にして座りうなだれ、漫画雑誌読みふける男の横顔を注視する。
「………………」
何故だか俺が立てた物音にクラス全員がこっちを注視した。構わず間近から睨み据える。漫画雑誌読みふける男の横顔を。
静かにページをめくる音だけが教室に響いていた。
「………………………………何だ」
「……………………………………………………、別に。」
俺が吐き出した一言に、クラスは危難が去ったかのように元通りの昼休みに戻る。どうでもよかった。ただただ意味もなく俺は、タケルの頬を、横顔を延々と直視し続ける嫌がらせに没頭する。
気になって仕方なかったのか、そのうちにタケルは面倒くさそうにジャンプを畳んだ。
「……………………………………だから何だ」
「別に。」
飽きたので、椅子を片付ける。そういえばまだ昼を食べていなかったことに気が付いた。
「なぁタケル、昼飯おごってくれないか」
「生憎と金欠でな」
「そうかい。そういえば、先月から毎日金欠だよなお前」
「ああ。そしてお前は毎日俺におごれと言う。そろそろ本気のカツアゲなのではないかと疑う頃合いだ」
「はははははははは。」
俺は笑った。