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天使狩り  作者: 飛鳥
第1章
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境界線


 授業中、現国のノートを延々と取るところで飽きた。なんだろうかこの無意味さ。ワケ分かんねぇ小説の内容整理にどんだけ費やすのだろう。

 タイトルはシューラルーン。どう見ても異世界なのになぜだかダ・ヴィンチとかジョンレノンとかチャイコフスキーとか出てきて意味不明。どうなってんだ最近の文学は。実に難解。変顔にならざるをえない。しかしクラスの連中は慣れてるようで、アレな小説が題材でもまったく淀みなく授業は進む。

 ふっと隣を見れば、有紗も姿勢正しくさらさらと板書し続けていた。淀みない。眼鏡でも掛けていそうなくらい勉学に励んでいる。

 邪魔するのは良くないだろう、と昼寝しようとしたら気付かれた。にっこりと手を振ってくるので適当に振り返しておく。

 教師に注意されたので睨み返しておいた。我ながらゲーセンで弱い子にタカるアホなガキと大差ない。つくづくどうして俺という人間はこの場所に合っていない。

「ふぁ……」

 背もたれに全体重を預けて背伸びする。まったく異物だ。ここにいてはいけないんだ、って感覚は少しだけ心を締め付けられる。

 そんな小さな孤独感みたいなのも含め、どうだっていいことなのだが。

 ばかみたく背伸びしていたら、どこからか消しゴムが飛んできて眉間にぶつかった。威力と狙いと尾を引く痛みの悪質さを兼ね備えていたので伊織と断定、目を向ければ案の定あのバカは不満そうに不服そうに俺を見ていた。

 幽霊みたいな顔した伊織の唇が動く。し、ね。

「………………」

 沈黙する俺。タケルのドヤ顔がこっそり笑ってるのを発見したので、消しゴムを投げておく。

 あれ? 消しゴムは机の上にあるが、ポケットの中のタバコがねぇ。



「よもやな……授業中にタバコの箱を投げつけてくる莫迦がこの世に実在しようとは」

 授業が終わり、教師が立ち去ったのを確認してからタケルちんが返却に来てくれた。ラークマイルドのソフトだ、あんまり見かけない。

 そいつをポケットに仕舞いながら先の出来事を回想する。

「いや悪い、わざとじゃねんだ。つい、ほら、消しゴムと間違えてタバコをさ」

「なるほど。お前にとって、ポケットの中のタバコを取り出すという行為は、学生における机の上の消しゴムを掴むという作業と同一なのだな。――そんなわけがあるか、この愚か者め」

 なんて神妙な顔して言われても、事実その通りだったんだから仕方ない。

「光一、ちょっと手伝って」

 バカやってたら有紗ががららと立ち上がった。ニコニコ笑顔でちょっとちょっと。まるで5歳児におつかいをお願いするママのような柔らかい態度だ。

「手伝う? 何をだよ」

「次の授業の用意。なんか、歴史のスライドショーみたいなのやるらしいよ。機材を運ばなきゃいけないから、手を貸してほしいな、って。」

 なるほど。確かにアレ系の機材は見かけによらず重かったりするし、あれやこれやと荷物が増えちまうこともあるだろう。

 気だるく重い腰を上げ、うだうだと教室を出ていく。

「あいよ。どこの教室行くんだ」

「ん、資料室。ごめんね休憩時間なのに」

「構わん。お前こそ、休み時間なのに大変じゃねーか」

 どこの教師だコラ、とこっそり拳鳴らすのを有紗に見られてしまった。だが疑問符。意味が伝わってないらしい。

 おもちゃ箱みたいな教室を抜け、流動する雑談場のような廊下をぐだぐだと歩いて行く。

「大変だなお前も。クラス委員だっけ? 面倒くせぇ役割を受けるもんだ」

「え? そうかな、私は楽しいよ?」

「そうかい。ま、お前がまんざらでもないんなら別にいいけどな、俺は」

 首がだるい。寝違えてしまったのだろうか。寝ぼけたような日差しのグラウンド隅を、男子生徒が駆けていく。鬼ごっこ? 元気な小学生どもを見ているようでふと考えてしまった。

 ――――正常はあっち、異常はこっち。

「……いやになるねぇ……つくづく」

「え、ごめん。そんなに手伝い嫌だった?」

「違ぇ。その話じゃねぇよ」

「そっか……」

 無垢な目で、少しだけ誤魔化してないか探られる。どうぞお好きにってもんだ。俺が考えているのは有紗の与り知らないことについてなのだから。

「ま――――いっか、」

 諦めてくれた。たんたんと階段下っていく華奢な背中に続く。鬼ごっこに勤しむ男子たちは正常。クラス委員を楽しむ有紗も正常。ただ唯一、それらに対して違和感のような感情を持ってしまう浅葱光一だけが異常。

 そして異物。どうにも異常現象狩りのはしくれたる俺は、奴らに引き寄せられるように正常な人間から乖離しつつあるようだ。

 そこまで考えて、自分の阿呆さ加減にまた呆れてしまう。

「は、今更……」

 ――そんなの、もともとだろ。ずっとずっと前からだ。きっと記憶にないほど昔から、春子さんにスパルタで銃の扱いを教えてもらっていた頃から俺は外れている。

 どうして今更、普通でない自分の有り様を憂う? 後悔しているわけでも、羨んでいるわけでも迷っているわけでもない。

 ただ――

「ねぇ光一、いい天気だね。帰りはカラオケでも寄ってこうか」

 天女のように2階に降り立ち、きらきらと輝く暖かさを振りまく少女がいる。

 階段上の窓から差し込む陽光。その線状光からはぐれた日陰な自分に合点がいった。

 ………ああ、俺と有紗は違うのだ。


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