監視の眼
閑散とした砂っぽい屋上にあるのは空間と空だけ。あとは薄汚れた床。隅の方に根性草とか生えてて泣ける。
ドアをくぐりグラウンドが見える位置に歩きながら思い返す。
根性草ってのは、アスファルトのど真ん中に生えた草のことだ。実に根性がある。都会の真ん中でだって生きていけるのだという証明にして、勲章にして生き様。
孤高なその姿にはなかなかに思うところがある。この俺自身もまた、大きなものに流されてしまわない根性草でありたいもんだ。
ざり――と足を止め、遠い無人のグラウンドを俯瞰した。あこにも何もない。あるのはただ、さっきからずっと感じていた呼びかけてくるような妙な気配だけ。この暑苦しい印象には覚えがあった。
「………………島村さんか」
「御意」
すぅ、と背後に具現化した亡霊は、何故だか王に跪く家臣のように頭を垂れていた。きっとそういうアニメでも見たんだろう。二言には「陛下!」とでも言って来そうだ。
暑苦しい肥満腹、弛緩顔ださカジュアルにリュックとフィギュアの島村さんはしかし、いつもの弛緩しきった有り様から一転・なにやら緊張感のようなものをまとっていた。
「……まさか、わざわざ学校まで来てくれるとはね。どした? なんかあったのか」
「はっ。拙者、浅葱さんから拝見させていた顔写真を元に、朱峰椎羅嬢本人に自力で辿り着いたのです。だからこの学校におりました」
言われて俺は亜音速で目を逸らす。すまん島村さん、せめて学校とかクラスとかくらいの情報は渡しとくべきだった。
「そして、今朝の出来事……ちょうど椎羅嬢の教室までたどり着き、安堵していたら何か、不穏な女子生徒がやって来たのです」
「女子生徒?」
「ええ。そのやつれたような朦朧としたような女生徒が、しばし誰もいない教室で教卓蹴倒し物を投げ、頭を掻きむしっては黒板にラクガキを始めたわけなのですね。あれは憎悪でしょう、ただごとではありません」
島村さんは幽霊であるがゆえに、一般人には気付かれることがない――どうにも、朱峰を捕らえるために俺が仕掛けた島村さんという網は、逆に朱峰に害為す誰かを引っ掛けてしまったらしい。
しかし、憎悪。眉間が徐々にひきつっていくのを感じる。気分が悪くなってきたのでいよいよ俺は、学校内にも関わらずタバコに火をつけた。いやあ実に美味い。
「…………この学校の生徒か」
「はい。どうされますか。顔はしかと把握しておりますが、あのタイプの者は問い詰めれば恐らく激しい口喧嘩になりますぞ」
しばし腕くんで想像を巡らせる。なるほど確かに、追い詰めれば追い詰めるほど感情を爆発させてくるタイプというのはいる。ヒス女ってのはそういうもんだ。
ならばもう、俺の答えは決まっている。
「やめだ」
「はい?」
「そいつは放っておいていい。それより島村さん、朱峰の監視、頼んだぜ」
タバコを消して吸殻は排水口に突っ込んでおく。バレないように、バレないようにと念じながら屋上を後にする。
「よいのですか」
「ああ。それよか気をつけろ島村さん、危険な相手だ。必要以上に近づくなよ。成仏させられちまわないようにな」
それが朱峰。それこそがあの化物女の本性。あの朱峰椎羅が、こんなつまらないことを気にするものか。
―― 一瞬脳裏をよぎる回想。
「は……馬鹿馬鹿しい。」
縋るようにこちらを見ていた少女なんて、きっと目の錯覚だったのだ。
†
次の休み時間に、何事もなかったかのように教室に戻った。自分の席に座ろうとした途端声が聞こえる。
「一体、誰の仕業だったのだろうな……」
背後だった。振り返ればおかっぱヤロウ、タケルが腕組んで思索を巡らせていた。そのどこか皮肉るような態度に、背中越しに手を振って拒絶を示しておく。
「……俺じゃねぇぞ」
「へえ、意外だな。それは本当か。真実かマジか実話か」
「ああそうそう、そんな感じ。つかめんどうくせぇんだよな、ああいう陰険なの。俺なら素直に、面と向かって銃弾ぶち込むし」
納得したのか飽きたのか、タケルさんはニヒルに笑って去っていく。
「まあそうだな。お前なら、何か知ってるんじゃないかと思ったが白状してくれなさそうだ――」
頬杖ついて見送る。実に正確な推論である。タケルの背中は、ベテラン歴史教師のように悠然としていた。
タケルの席のすぐそば、朱峰と不意に目が合ってしまう。
いつもの無表情で俺を見たあと、いつものようにそっぽ向いた。特に変化があるようには見えなかった。




