翼なき者
オレンジ灯火で照明を確保した高架下を歩く。白い壁には微妙なセンスのウォールアート。トンネル内は足音が反響していて、頭上には鉄骨が折り重なっていて工事現場みたいだった。
歩きながら不意に鉄さびの匂いを感じた。
オレンジに染められた自分の右手のひらを見たが、血なんて付いてやしない。
「…………お前は本当に手厳しいな、光一。」
背後から男の声が聞こえた。見なくても分かる、タケルだ。くわえタバコの口から紫煙を吐き、足を止めることもなく俺は返答を投げ捨てた。
「そうだな。我ながら、酷いやつだとは思うぜ? 喜び勇んでガキだって殺すしな」
「ああ――あれはひどい挑発だった。死者を愚弄されれば誰だって怒り狂う。相手が羽人間だったとしても、それを実行してしまえるお前は少し怖いな」
軽口だろうか本気だろうか、と考える。きっとどちらの意味も含んでいるのだろう。
タケルは何故ここに来た? ……何故、朱峰についててやるのではなくこちら側へ来たのだろう。
狩人は、ろくでなしの天使狩りなんかを是としようとでも考えているのだろうか。
……少し釘を刺しておく気分になった。
「言っとくが、俺は正義じゃないぜ」
「…………何?」
「正義の味方なんていいもんじゃない。これは俺が、俺自身の我儘でやってることだ」
ぜんぶ、すべて俺のやりたいようにやってるだけだ。ルールや正義やなんかに則っているわけではないのだ。
ただ単に春子さんは俺を理解してくれていた。
ただ単に俺は俺が思うように生きてる。いや、安直に死に向かっているだけなのかも知れないが。
ともかく、こうして攻撃的なことをやっている自分自身に、確固たる保証やなんかがあるわけではないのだ。
誰かが俺を、否と言えばそれはきっと正しい。
「どうした天使狩り。らしくもないな、自分自身が疑わしくなったのか?」
「まさか。俺に迷いはないぜ。ただ、お前まで俺みたいなのに付き合うことはないってことさ」
足を止め、鉄骨の間から月を見上げる。実物の月はとても遠い。あんなもの、写真に収めたってまったく絵になりゃしない。
タケルはいつものようにフ、と笑んで口元に手を当てた。はいドヤ顔。
「なぁ光一、狩人になる気はないか? 仕事量は殺人的だが素行さえ悪くなければ安定しているぞ」
「ないね。そりゃ死んでもねぇわ、アホか。」
背伸びする。かったるいことこの上ない。どこのバカがあんな胡散臭くて春子さんより弱い総括の下で、組織に縛られて働こうというのだろう。
俺が無所属なのは、きっと俺自身の意思で行動するからだ。組織のために自らを殺すんじゃない。自分のために、自分と敵を殺すのだ。その救いようのない泥沼な有様は、人間を相手にする劣悪な狩人とどちらがより惨いのだろう。
だんだん笑えてきた。道端では飢えた猫が死んでいて、二度と起き上がることなく終わっていた。
「俺たちもいつか――」
「ん?」
「あんな風に、残酷に弄ばれて殺されるのかもな」
「…………」
大切なものを奪われ、罵倒され――
お前にはそれだけの罪があるだろう? と踏みつけられて裁かれるのだろうか。
俺が死ぬのはいい。
でも有紗と伊織だけは勘弁してもらいたいもんだ。




