赤羽
夢は記憶の整頓だと言う。
また、深層心理を映す鏡でもあるという。
これらを等号で繋げると、記憶=夢=深層心理、つまりは記憶=深層心理となるのかも知れない。
記憶が人格だとするならば。
ろくな記憶なんてない俺は、やはりろくな人間ではないのだろう。その証拠にまた悪夢だ。
「有、紗……」
目の前で、血だらけの幼馴染みが死んでいた。死。その時は本当に死んだかと思っていたんだ。
まっくらに塗り潰されていく心。
それは遠い遠い昔の傷跡トラウマ。
その日、花宮市は災害に見舞われ滅びかけた。
あちこちに死体死体死体。
砕けたビルにアスファルト、砕けた女に潰れた男。
地獄絵図の真ん中で、俺は失神しそうになりながら視線を上げた。
「お前……誰だ」
小さな影に向かって問いかける。震えた声で。
俺を獲物と認識したのか、感情のない爬虫類の笑みがいっそう深まる。
「椎羅」
それはそう答えた。
少女のような声で、小さな右手に自分の身長よりよっぽど大きな岩斧を引きずって。
岩が、その細い腕に、魔法のように掲げられていく。
陽光が遮られる。
影。
奴と同じ黒色に覆われて、俺は後ずさりながら、断末魔の詰問を投げつける。
「お、前……何だ・・……?」
赤い翼の少女は答えた。
ただ酷薄に。
ヒト型をした災害が、ひどく何かの欠如した、壊れた笑みでそう言ったんだ。
「天使」
――その日。
花宮市は、“椎羅”と名乗る天使に滅ぼされかけていた。
+
「うご――」
とそんな所で強制覚醒。夢で殺されると同時に現実に帰還する。
いまのいままで過去トリップしていた俺は、握力と腕力で顔を上げさせられた。目の前にロン毛眼鏡の担任教師。ストレス溜めやすそうな痩せ型が、いつにも増してストレスフルに笑っていた。
「私の授業がそんなに退屈かね、浅葱光一」
「逆に考えようぜ林道ちゃん。高校の授業のどこにエンタメ要素があるのかと」
「教師の問いに欠伸しながら答えるな。あと胸ポケットにタバコを入れるな。さすがの私でもフォローしきれん」
「失礼、だがしかし、これは例によってよく出来たシガレットチョコであるからしてお構
いなく。」
「糖分か。出来の悪い生徒に対する私のストレスも、糖分で少しは収まるだろうか」
はぁ、と面倒くさそうに授業に戻る現国教師。あれも教師然としてるが正体はタケルと同類。 花宮市に所属する異常現象狩りの一人で、林道ちゃんは夜はメガネなしの武闘派へと変身するわけだ。
いわゆるひとつの正社員。
それに引き換え俺及び鬼スナイプの叔母様はアルバイトかパート辺りに該当する。
非公式狩人、第五現象『異種』のその中でも天使専門。
名乗るとすれば“天使狩り”。
「…………」
現国の教科書に描かれた天秤を見つめる。
Justiceの象徴。
狩人が、非公式のアルバイトに力を借りるなんてぇのはとても情けないお話。この街くらいなもんだろう。
だがその辺にしたって、本来は問題でも十年前の事件があるからみんな揃って黙認姿勢だ。実際、総括えらいひとだって、タケルエースとコンビで動ける俺を歓迎してくれてる。
諸処の事情に割り込んだ、俺と叔母様アウトロー。
「浅葱、寝るなと注意するのがこれで本日3度目になるわけだが?」
俺達は。
一言で言い表すならば、『はぐれ者』。