翼ある者
いったん狩人本拠へ戻るべきだと言うタケルを押しとどめ、朱峰を背負って児童公園へ訪れた。訝るタケルをよそにベンチに寝かせて、あとはタバコ吸って目が覚めるのを待ち続けた。
「……なんだ? 帰らないのか光一」
「ああ。帰る前にちょっとこいつと、楽しくおしゃべりがしたくなってね」
何発撃ち込もう。険悪なことを考えながらがしゃりとシリンダーを換装して全弾込めておく。タケルちゃんは訝しそうだったが、これっぽっちの用意じゃ朱峰相手には足りないくらいだ。
何を隠そう、相手は人間の振りをした超弩級のクソバケモノなのだ。それこそ白羽共がまったく歯がたたないんじゃないかってくらいの別格。
その別格が、どうしてこんな風に気を失って倒れてやがる? どうにもきな臭いじゃないか。
「――おい、起きろコラ。おい」
「……………………ん……」
銃身で頬を叩いてやると、さすが殺意には敏感なのか、ようやく心底眠そうに意識を取り戻すのだった。
「……何。」
目覚めた瞬間こそ少女らしかったが、俺の顔を見るなり舌打ちする。最悪に不機嫌そうだった。
こちらも似たような顔してたからこそなんだろうが。朱峰は、ベンチの上で体を起こしながらグシャグシャと髪をかき混ぜていた。
「上等だな。目覚めに一発舌打ちとはイカレてんぜお前」
「だから、何。目が覚めた途端におまえの顔を見るなんて最低。毒入りカプセルなんて飲ませてないでしょうね」
「ねぇよ。なにせ効きそうもないからな、お前は本当、悪魔だ」
じろりと半眼で睨み上げられる。つくづく今更確認するまでもないが、こいつとは合わない。お互いに目の前にいるだけでイライラする相手なんてそうそういないだろう。
夜の児童公園は静かだった……それもそうだろう、俺たちしかいない。光源は数本しか無い街灯程度。周囲はマンションで居住区だが、視界の中に、動く他人は一切見えない。みんなカーテン閉めきってやがる。
冷め切った心境で、俺は美しい人形のような朱峰椎羅を見下ろした。
「――――――てめぇ、なんで負けた?」
ぴた、と動きを止めた気がした。そんなのは錯覚だったようで、朱峰の表情は相変わらず微塵も変化しないが。
「? 何を言ってるの? 戦闘なんだから、負けてしまうことだってあるでしょう。助けてくれたのならありがとう。よりにもよっておまえだったのは不運だったけど、」
「――――――同情したのか。相手が子供だったから?」
ようやく静かになった。視線の高さを合わせて睨みつけて言ってやるが、朱峰は何を言うでもなくどこかを見ていた。
タケルもようやく、俺の言いたいことを察したようだった。
「…………朱峰さん……」
「なぁタケル先生よ。分かったか? こいつは同情したんだぜ。よりにもよって、敵であるあの羽人間に同情して、だから無様に敗北したんだ」
朱峰は何も言わない。いっそどこか悲しげでさえあるような横顔は反論ひとつ返しては来なかった。
「…………結局、てめぇは人間になったわけじゃねぇ」
吐き捨てたタバコが、タイルの地面にぶつかって赤い火を散らした。刈り取るように踏み消しておく。
ようやく朱峰の目が俺を見た。そこにあった淋しそうな輝きはなんなのだろう? 何も違わないただの人形みてぇな無表情だってのに。
「人間の側に立てないやつが狩人かよ? そうやって敵をみすみす見逃して、犠牲者出して消極的にあっちに加担するんならお前は敵だ。次は殺すぜ。覚えとけ」
――なんて、つまらない台詞を吐き捨てて俺は踵を返す。用事は終いだ。この場で撃ち殺してしまってもよかったがタケルが止めるだろう。
狩人と天使。
朱峰の立場は本当に曖昧で、どっちつかずで裏切り者でそしてどこにも属しきれていない。
それはひとつの悲劇なのかも知れないが、だからといってこの俺が同情できるわけもない。
命のやり取りの場でふらふらしてるなんざ最高に気に食わない。
2人に背を向けたまま、俺は夜の花宮市を睨みつけて地獄のように唸った。
「………………俺は人間の側だ。こっちに立ってこっちの理由で引き金を引く。敵を殺すことにも、そのために非情になりきることにも迷わねぇ。俺は、天使を、狩る。」
光ちゃんは誰よりも十年前の悲劇を恐れている――と誰かが言った。
それはその通りだろう。俺っていう人間性を半壊させてしまうほどに、俺にとって有紗の半死半生は大きいものだった。
地獄と化した街を知ってる。
あんな何も無い地獄をこの世に引き寄せるくらいなら、俺自身が地獄になる。それだけだ。
「…………子供の、罪は……」
背後からか細い声が聞こえた気がした。
「あん?」
「……幼い頃に犯した罪は、償いようがない。防ぎようもない。後悔してもすべてが遅い」
とつとつと、転んでしまいそうなくらい懸命に紡がれた言葉だった。
それはあのガキのことか、それとも自分自身のことか?
俺の返答は決まっている。
「だから、なんだ?」
朱峰は何も答えず、タケルは読めない表情でじっと俺を見ていた。




