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天使狩り  作者: 飛鳥
第1章
35/124

騙されない男


 食事を終えた椎羅は、脇目もふらずモール内を歩き始めた。次の場所ヘ向かうようだった。

 俺たちも、付かず離れずというよりは見失わないギリギリまで遠くから監視を続ける。あるいは観察。朱峰椎羅の、モール内での生態系について。

 これについては実につまらないものだった。あいつは単に歩いているだけだ。興味のないものにはとことん興味がないらしく、良さそうな商品を見かけて足を止める、みたいな余分が一切ない。本当にただ長い髪を揺らして、前向いて前進し続けるだけだったのだ。

 本屋もCD屋も、洋服も吊るされた調理器具にも一切関心を示さない。

 しかしその割には――

「……何なんだ一体。さっきから、意味もなく遠回りしてるぞあいつ」

「さてな。尾行に気付いて撒こうとしてるんだろうかな」

「そうなのか? そんな素振りはまったく見えないが」

「そういう風に演技してるとも取れるだろう? まあ、逆に単に気付かれていないだけとも取れるわけだが」

 意味のない会話をした。せせこましい売り場の隙間、目の前を見れば何世代か前のフラッシュメモリが二千円で売られていた。値段と容量が釣り合ってない。

 椎羅は颯爽と(周囲視点)不機嫌そうに(実際)ひたすら歩む。人ごみをすり抜けていく清涼なそよ風。本当に、あいつはさっきから何をやっているんだ。

 エスカレーターが2つあるのだ。ちょうど店内のそれぞれ正反対の位置にしつらえられている。そのエスカレーターを、1階下るごとにわざわざ歩いて乗り換え、時にはそこだけ無機的な階段まで使いながら下へ下へ進んでいく。そのくせ大して周囲を省みてるでもない。本当にただ距離を稼いで二足歩行しているだけだ。

「どう思う」

「――ふと思ったのだが。見回りか?」

「見回り? それにしてはあいつ、まわりを気にしてる風には見えないけどな」

「そうだな。なら、単に食後の散歩でもしてるんだろう。――そら、」

 言ってる間に一階だった。食品売場を見まわって、最後に薬局前で一瞬顔を向けてすぐ通り過ぎた。

 自動ドアをくぐり、家族連れとすれ違ってついに退店してしまった。もう用は済んだとばかりに、変わらず周囲への興味が見えない。尾行する側としては助かるが……。

 二人して自販機の影に身を隠して作戦会議する。

「朱峰さんが外に出たな。モール内と違って身を隠すのが面倒になるぞ」

「そうだな。変装でもするか」

 ポケットを漁ると偶然たまたま奇跡的にヒゲ眼鏡があったので、タケルと揉み合いつつ無理やり付けさせた。外しやがったのでもう一度着けてやった。拳が飛んできたが手のひらで受け止め、左拳も受け止め、鬼のように両手で押し合う。ヒゲ眼鏡と険悪に睨み合う。そんなバカな奴らのやり取りを、ペロペロキャンディ持った子供がぼぅっと観察していた。

 椎羅の背中が見えなくなる前に、ぼちぼち結論を出さねばなるまい。ギリギリと押し合いながら会話する。

「……何かを探してんじゃねぇかな。ああ、やっぱり見回りだ。そうに違いねぇ」

「それは本当か。見回りにしては、周囲に気を配っているようには見えないが」

「ようタケル、お前、サボタージュって英語知ってるか」

「………………。知っているが、何だ」

「つまりはアレだ――朱峰椎羅は確かに見回りをやっている。狩人としてだ。が、気分が悪いのか元々なのか、ああ見えて実はやる気がない」

「なるほどそうか、合点がいった。やる気がないからどうでもよさそうに見回っているのだな。どうせ一人行動なんだ。勤務態度に問題はあるが、さすが光一。毎日サボっているだけのことはある」

 うるせぇ。いい加減見失ってしまうので押し合いを中断し、ぐだぐだと自動ドアを出て行く。

 椎羅が不意にこちらを振り返っても見つからないよう、なるべく死角を確保し続ける。こういう地味なことやってると無性にタバコが吸いたくなるもので、さっき自販機で買ったばかりの新品を開封。

「…………サボタージュはフランス語だ」

「嘘だな。騙されねぇぞ」


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