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天使狩り  作者: 飛鳥
第1章
26/124

不良学生


『もしもしー浅葱くん? 私、木下なんだけどぉ』

 あ、テメ、どこ行ってやがったんだよさっき。なんか、俺を避けて隠れてたらしいじゃねぇか。

『え? え? え? ちょちょ待って待って、誰がそんなこと言ったの?』

 座敷わらし。

『座敷童子いうなー! カヤちゃんのことを座敷童子って言うなーッ!』

 通じてる時点でお前も同罪だろうが……つーかてめぇが座敷わらしだろ。なんだよ、呼んどいて姿現さねぇって。

『あ、ご、ごごごめん違うの。止むに止まれぬ用事があって。ってか訃報。いまお通夜』

 嘘つけ。

『テロ屋にやられちゃった後に電話入ってねぇ。まぁ遠い遠い親戚なんだけど』

 そうかい、ご愁傷さま。本当でも嘘でも別に構わんが、よろしくやってくれ。

『ごめんねぇ、今度来たときはちゃんと挨拶するからさ。ま、とりあえず、お疲れ様。であのテロ屋なんだったの?』

 うちの叔母。じゃーな。

『はぁ? ちょ、何それ意味わかんない――』

 敢えて疑問を残したまま電話を切ってみた。取り残された電子音が木下の心を代弁しているようで侘しかった。はいお疲れ。

「フ――」

 はいドヤ顔。タケルだ。

 そんなこんなで電話を終えて、俺はようやく黒ケータイを仕舞ったのだった。場所は公園のそば、階段脇のベンチ、自販機の二メートル隣だ。

 タイルの地面に吸殻二つ。タケルは隣のベンチでカバンを枕にして、優雅に文庫本なぞ読んでいやがった。タイトルは…………き、金田一少年の事件簿――……。

「おま……どんだけ懐かしいもん読んでんだよ…………」

「ああ、俺も正直、古本屋でこれが百円で売られてるのを見つけたときは石になった――で、誰と電話だ?」

 冷たい缶コーヒーを一口あおって、タバコをくわえやっすい百円ライターで火をつける。タバコはなにより一口目が美味……くもないか。

 タバコが一番美味いのはきっと吸う直前、吸いたくて吸いたくてタバコを渇望している時なのだろう。

「木下」

「ああ、木下か。俺の後輩の木下か」

「何なんだあいつは、よう分からん。お前の後輩なだけあるわ」

「調理実習の日にエプロンと間違えて水着を持参した、あの木下か」

「…………」

 煙を吸い込んで細く吐き出す。今日も晴れてる。意味も味もない虚しい青空だが、雨空よりはいい。雨だけはずっと昔っから大嫌いだ。

「……晴れだねぇ」

「ああ、晴れてるな」

「平和だねぇ。何もないねぇ」

 背後はコンクリの壁、壁の上方には家や道。四方形の巨大なコンクリブロックに切り込みを入れたような立地だ。

 タケルが文庫本を仕舞ってようやく重そうに身体を起こす。

「さっきはああ言ったが、用事は済んだのだし、学校へ戻らないか? なんというか――退屈だ」

 リストラされたサラリーマンみたいな過ごし方に飽きたのだろう。確かに平坦だ、目の前の道は人っ子一人さえ通ることがない。

「やめとけやめとけ。せっかくごーほー的に早退したのになんでわざわざ戻るんだよ。っつか、逆に怪しくねぇか、なぁ狩人さんよ」

「まぁ……しかしどうする。このままでは飽きるぞ」

「俺としちゃ、ここで日が暮れるまでタバコ吸ってるだけでも別に構わないんだがな」

 平穏、暇、怠惰、喫煙にサボタージュ。実に素晴らしい言葉たちである。

「最高だなぁタバコ。最高だなぁ学生生活、学校行ってねぇけど」

「おい、このヤク中。サボるにしてももう少し時間を有効的に使え。なんというか、それでは部屋に引きこもって延々と瞑想してるのと変わらない」

 残念なことに一理ある。いまどきは携帯電話パケ放題というエンドレス暇潰しに最適なアイテムがあるとはいえ、それも廃人コースだろう。

 仕方ないので諦めをつけ、俺はカバン背負って重い腰を上げるのだった。

「ま、定番だが? ここはひとつパチンコでも行きますか。いやー昨日オープンした店があってよー」

 人差し指と中指で挟んだタバコから煙が上がる。タケルは空き缶をゴミ箱に投げ入れ、淡々と荷物を纏めた。

「そうか。ではここで解散だな」

「あん? バカ言ってんな、お前も来るんだよ」

「……何?」

 困惑するタケルに俺はフ、と眉間を高く高く吊り上げた。はいドヤ顔。仏頂面で台に向きあうタケルを想像すれば、なかなかに退屈しないで済みそうな気がした。

「今日の俺は機嫌がいいのさ。行くぞタケル、パチンコの打ち方教えてやるよ。ははっ、まぁなんつーか、これも貴重な人生経験ってやつ?」

「………………」

 下戸が酒を勧められた時のように、万年無表情がかすかに嫌そうな顔をした。



「おい、何故俺まで」

「大丈夫だって。飽きたら自動ドアくぐって帰りゃいいんだよ」

 伊織にバレたら殴られるだろうけど。ああ見えてこういう事にはうるさい。自分は合コン何だとか抜かすくせに。

 道すがらタケルは不満気だったが、俺は実に清々しい気分だった。自分の趣味に他人を引きずり込むってのは楽しいもんだ。

「……はぁ。つくづく悪い友人を持ったらしい」

「ったく、けち臭いぜお前。パチンコひとつで死ぬわけじゃあるまいし」

 財布は死ぬけどな。

 そうこう言ってる間に見えてきた。昨日オープンしたばかりのパチンコ屋だ。タケルもいよいよ諦めたようだった。

「………………逃げたいところだが、一人で帰っても仕方ないのがな……」

「おう、そういうこと。さってぇーじゃまずはだな、――あ?」

 意見がまとまり、自動ドアをくぐろうとしたその時、店の奥に巡回中だった何者かを発見して俺はその場で白目を剥いた。

 紺色の制服に紺色の帽子を被り、要所要所に旭日章のシンボルなんかを装備したカタい二人組。俗に言う『ポリスメェン』というやつ。

 顔を見合わせるが、こんな時でもタケルの無表情は揺るぎない。二人して後ろ歩きで来た道を舞い戻り、角を曲がり、踵を返して我先にと全速力で駆け出した。

「クソが……っ! くそがぁぁああー!」

 べしんと財布を地面に叩きつけ、地団駄踏んで悔しさを表現する。

 場所は少し離れた児童公園、人気はない。相棒はいつだって冷静だ。

「まぁそう荒れるなよ。仕方ないだろう、運悪く警官がいたんだから」

「クソったれ……結局俺、あの店でまだ一回も打ってねぇぞ!」

「そういうお告げなんだろうさ。ああ、ギャンブルだめ絶対ってな。俺も危うく引きずられるところだったんだ、正直、これでよかったと思っている……」

 やられた。いろんなもんが一気に吹っ飛んじまった。ふざけやがって、なんで警官っていつもいつもあんなにも間が悪いんだ。

「滅びねぇかなー……汚職事件でまるごと消えてなくならねぇかなぁ……」

「おい、呪うな」

 ブランコをキコキコ鳴らす。周囲を見回すが、もしかするとこの辺りもヤバイかも知れん。

「どうするよ。あんまりこの辺うろついてっとまた出くわす可能性がある」

「そもそも、平日昼間だからな。どこで出くわすとも知れん――ああ光一、お前、毎日よくこんな面倒なことをやっているな」

 それはもう、何人か顔見知りと化している警察官もいるくらいだ。もちろん悪い意味で。

「へっ、知ってたかタケル。狩人は権力に強い」

「……何?」

「警察のそういうポジションに調律者がいるらしくてな。補導されそうになっても、俺の身元を照会した時点で補導は揉み消される」

「…………………………」

「どうよ。無論、そいつと直接電話させられて理由を聞かれれば、俺は『異常現象の調査中だ』と答えるわけだ、ま、俺はギリギリ狩人じゃないけどな。晴れて無罪放免っつーわけ」

「………お前……」

「ははっ! ま、いつもいつも『次はないぞ』って脅されてるわけなんだがよーがはははは! わははははははッ!」

 タケルは何か言いたそうだったが、結局何も言わなかった。きっと俺の手腕に感動したんだろう、そうに違いない。

「しっかしどうすんべ。パチンコが駄目となると面倒くせぇな」

「そうだな。平日昼間から制服で行ける場所で、何かいい暇潰しはあったか――」

「あ、光一だ」

「「………………」」

 何だろういまの声。幻聴だ。有り得ざること山の如しだ。だって平日昼間から、クラス委員長がご機嫌に、小走りで俺たち不良どものたむろする児童公園に駆けてくるはずがない。

 こうやって目の前に立って、「やっほー」なんて挨拶してくるわけがない。

「やっほー」

 有紗だった。

 俺の幼馴染の、クラス委員で病的に過保護な坂本有紗が何故か目の前に立っていた。見間違いかと疑うが、標準的な長さのスカートも、キチッと着込んだブレザーも、校則通りのローファーも肩より上の髪も変わらない。少々色素が薄いのは地毛だし、なんとなく子供みたいな気がする純真な目もいつもの有紗だった。

 俺はタバコに火をつけリラックスと、現状把握を試みる。

「……お前、何やってんだこんなとこで」

「え? サボったの。一人で勉強しててもつまんないしさー」

「授業は」

「だからサボったって」

「早退届けは」

「出したよ。キチンと保健室行って演技して、体調不良だから帰るって風に擬装した。けほこほ。私風邪気味、設定上。」

「教師は許したのか。疑われなかったのか」

「クラス委員だよ? 疑われるわけないじゃない、あはは。光一ったらおっかしいんだー」

「…………わけが分からん……」

 頭を抱えるのだが、有紗はぽややんしていて意味不明。肩までで切った髪を撫で、いいことを思いついたとばかりに笑うのだった。

「どう? 光一。幼馴染が学校サボっちゃう私の気持ち、少しは理解できた? 明日からちゃんと授業受ける気になったでしょう」

「あー……」

 そうだな。ちらりとタケルを見るが半眼された。確かに、浅葱光一のあまりのアレっぷりが有紗になんか悪い影響与えてるのは明白だ。

 色々と悔い改めよう。本当少しだけ。

「…………分かった。明日は普通に出席するから、お前もサボりは今日だけな」

「うん、それでいいよ。うわーブランコだー」

 子供のようにはしゃいでいる。きっと懐かしいのだろう。高校に上がればブランコに乗る機会などまず無い。

「ところで光一たちは何してたの? いつもいつも疑問だったんだけど、光一っていっつも学校サボって何やってるの? 毎日毎日サボりまくるくらいなんだから、きっとさぞ楽しい何かがあるんだよね。私もちょっとだけ興味あるかな」

 初めてのサボりにはしゃぐクラス委員が、隣のブランコに座って詰め寄ってくる。俺はタバコくわえたまま死んだ顔をした。タケルも無表情だった。有紗だけがキョトンと小さな疑問符を浮かべる。

 暇なんだよ。


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