暗殺者
ほどなくして到着した狩人本拠は、ひどいことになっていた。
「……おいおい、テロリストかよ……」
玄関がまるごと発破され、瓦礫の大穴になっていた。内装は大差ないが、こうやって内装が野ざらしになっていることが問題だ。
ぼぅっと顔を上げれば3階の窓ガラスが、極光と爆炎に散らされる。地面が揺れ、ここまで伝わる爆風の風圧。マジでひどいな。
俺は周囲を見回すが、幸いいまこの瞬間・不運な通行人はいないようだった。それにしたってあの爆音といい衝撃といい、酷すぎるが。
「…………いいのか、秘匿義務」
「問題ない。この一帯は事情通ばかりだ、誰が言わずとも通行止めの看板も立っていただろう?」
そうは言ったって、あんなチャチな工事中看板ひとつで何とかなるものなのだろうか。ま、狩人サマがそう言うなら俺はどうだっていいんだが……。
見やれば確かに、木下が言っていた通り郵便ポストが吹っ飛ばされていた。壁が焦げてる。木下のライブチケットはカケラも見当たらない。ポストのフレームの破片らしき焦げた残骸を指で摘むと、まだ温かかった。
「あーあー、可哀想に。どうすんだよ」
再発行できるんだろか。誰のライブか知らねぇが。
「で、タケルちんよぅ。方針は決まってるのか」
俺はサバイバルナイフを抜いた。凶悪に重たいが、逆手に握るとしっくり来た。鮫のごとく敵に食らいついてくれることだろう。
タケルは建物内に足を踏み入れ、倒れていたロッカーを蹴り開け漁った。取り出したるは西洋剣、大戦時代の軍師が腰に提げてそうな軍刀だった。
上階からえれー騒音が聞こえている。狩人たちが、謎の襲撃者と戦ってるんだろう。
「――決まっている。徹底抗戦だ」
騒がしい天井に切っ先を向け、必勝を誓うように八相に構えてみせた。なかなか、日本刀よりも似合っているじゃないか。
ク――笑みを噛んで俺は魂のガソリン、つまりタバコに点火。これにて準備は完了だ。
「じゃ、」
「――行くか。」
暴風と化す狩人&天使狩り。階段を駆け上がれば、何人か狩人が倒れていた。
「おい、生きてるか! 救護班なんかいねぇんだから自分でなんとかしろよォ!」
交戦中だ、助けてやってる暇など無い。だが、2.5階で振り返った瞬間に、壁に凭れていた少女とぶつかりそうになって、よろめいた。
「うお――ッ!? 危ねぇ、んなとこで寝てんな!」
「あ…………うぅ、浅葱光一、か……」
「あん? 誰だお前」
着物着た、座敷わらしみたいな小娘。そういえば昨日見た顔やも知れん。確かロビーでくつろいでた。
「道明寺カヤだ。しかしどうでもいい、そんなことより気をつけろ」
「ああ、気を付けよう」
「な、ま、待てこの戯け――っ!」
うるさい娘を放置して3階ヘ上がる。が、その瞬間に何か、足首の辺りに硬い感触を感じた。
釣り糸。
「あ――……?」
「トラップだ、避けろ莫迦ッ!」
ず んッ
重々しい爆音だったように思う。派手な発光こそないが、そのぶん腹の底に響く重圧だった。
「……っ、ぶねぇえ……!」
「阿呆。考えて動けよ、光一」
間一髪で俺は、タケルに引っ張られて2.5階の床に押し付けられていた。粉塵に、3人して激しく咳き込む。
吹っ飛んだ窓の角度を分析すると、戦慄の事実に思い至った。
「やべぇぞいまの。標的の視界に対し、釣り糸が光を反射しないよう絶妙に調節してあった。おい、どこの凄腕だクソったれ……」
透明繊維は光を反射しやすい――しかし、光源と視線を一定の角度に調整すれば、ちょうど糸が影になってしまい、見えなくなるのだ。
ゾッとする。狩人本拠に直接攻め入る、なんて愚行もあながち無謀ではない。これは間違いなくプロの仕業だ。
「おい、どこの軍人崩れが攻め込んできやがったってんだ!? 数は何人だよ!」
「1人じゃ! とんでもないバケモノが、たった1人で攻めこんできて次々と狩人を駆逐して行った! 早く行け、総括がやられてしまう!」
あ、そう。あのロン毛はどうでもいいけど。
そんなことより頬が痺れていて、触れると血が流れていた。きっとさっきの爆発で小石でも掠めたんだろう。
――業腹だ。
「…………オトシマエ、つけてやんぜ」
3階だと思っていたが物音が遠い。上階に移動したんだと判断して4階に上がれば、タケルが顔をしかめた。
昨日総括のクソ野郎と悶着があった部屋、執務室のほうから戦闘音が聞こえていたのだ。
「いくぞ……」
「応」
満を持して、俺たちは戦闘中と思しき執務室の扉を、壊すくらい派手に蹴り開けたのだった。
「そこまでだ、動くんじゃねぇ! 大人しくお縄につきやがれぇえええッ!」
「む、助勢か! 助かったぞ!」
――――果たしてそこには、やはり死にかけていたロン毛の総括と。
「………………あら?」
麗しい、お姉さんがいた。全身を暗殺者みたいな黒レザーのスーツでぴっちり包み込んだ、髪の長い姉系だった。女暗殺者。それ以外の形容が浮かばない。
優雅にたおやかに麗しく、その人は夕食を作っている最中だったみたいにこっちを振り返る。
「あら、光ちゃん?」
叔母だった。
「………春、子さ……ん……?」
間違いない。見間違えようもない、どう見たって優しい春子さんだ。ほんの一瞬、こっちを振り返る瞬間に悪鬼のような目をしていたなんて気のせいだ。両脇に抱えた突撃機関銃なんて目の錯覚だ。
急速に目眩がしてきた。どう見たって春子さんが、ポストを爆破し予告状を叩きつけ、玄関を爆破し、狩人本拠に突入して狩人共をなぎ倒し、いままさに総括を御ブチコロさせて頂こうとしていた場面だった。
そんな場面に俺は、何故だか運悪く出くわしてしまったのだ。見やれば総括はボロ雑巾になって泣いていた。
「……おいタケル。おい、タケル?」
「フ、やはりな。光一が痛めつけられたと聞いて、春子さんが総括を殺しに来るという俺の予想は当たっていたらしい……」
またドヤ顔。俺は頭を抱えてその場にうずくまった。




