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天使狩り  作者: 飛鳥
第1章
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雨のモノローグ

 我ながらかわいげのない小学生だったと思う。

 雨は、嫌いだ。

「…………」

 傘の色は黒。辛気くさい空気にお似合いの、辛気くさい喪服色。

 まったく小学生らしくない。

 Lサイズの傘が右手に重い。かといって捨てるわけにもいかず、水たまりを踏み抜いて喜ぶ無邪気さもなく、その時の俺は帰って風呂に入りたいとしか考えてなかったんだ。

 急ぎ足で歩いた。寒いのは嫌いだ。逃げ出したくなる。考える端から思考のすべてが湿気っていくようなこの錯覚。雨は大嫌いだった。

 とっとと家に帰りたいってのに。

「……よう」

 変質者に声を掛けられた。振り返ると、雨に濡れたオッサンがいた。

「どうだな少年。裾すれ違うも多生の縁と人間は言う。ここはひとつ、景気よくセカイセーフクでもやってみるというのは」

 世界征服に興味はないか、と男は言った。

「…………」

 電波。胡散臭いオッサンだった。雨の中、傷だらけ血まみれで、なのにエラソーに見下し笑いしている。

 一目で分かる。こいつは悪人だ。とっとと切り捨てて風呂入りたい。

「制服が好きなの? 萌えるの? うぜぇ。きめぇ早く死ねバイバイ」

「ほう? はっはっは、なるほどなるほど。最後の最後にとんでもないハズレくじを引かされたか。うむ。日頃の行いがなせることだろう、何せ私は悪党だからな。自業自得というやつだ」

「…………」

 謳った。

 優雅に。

 なんか自分に陶酔してるみたいに。

 そうかこいつナチズムだ。あれ? ナルチズムか。

「ねぇオッサン」

「ダンディな呼び方をするな。紳士なのは確かだが」

 俺は目を細めた。汚いものを見るように。

「……あんた、血だらけじゃないか。苦しくないのか?」

 その悪党は、ボロボロだったのだ。ふざけた話。戦争帰りにしか見えなかったんだ。ヤのつく職業。しかも電波。間違いない。帰りたい。

「苦しいさ、痛いに決まってる。だがな、男にはプライドがあるだろう」

 ナルチズムしたまま、男は笑った。

「そう……死ぬまでは倒れん。お前みたいな糞ガキの前で倒れてやるものか。倒れる時、そりゃ死ぬ時だけと決まってる」

 まったく表情を変えないまま、べしゃり。前のめりで倒れ、水が跳ねた。

「……倒れたぞ、あんた」

「ああ、死ぬ。俺は死ぬ。もうどうしようもなく死に至る」

 唐突に弱気だ。ヘンなオッサン。

「娘に会ったら伝えてくれ…………」

「なんて?」

「……」

「……」

「……」

「……何をだよ、早く言えよ死体」

「やめだ、中止にする。つまらん格言を残す趣味はない」

 はぁ、と俺は譲歩する。

「助けが必要かよ?」

「いらん。無駄は好かん」

「ああそう。じゃーな」

 ざっくりと見捨てる。

 どうでもいい。

 死のうが生きようが知ったことじゃない。本人がいらないって言ったんだから、いらないのだろう。

 大嫌いな雨空を見上げる。

 思考の端から湿ってく。

 足が止まる。

 灰色の街の片隅で、俺はボソリと呟いていた。

「……祈っててやるよ。あんたが天国に逝けることを、神様に」

 男は最期に、嬉しそうに唇を歪めた。子供みたいな無邪気さで。

「ふん……クソ喰らえ、だ……」

 そう言い残して、人生を辞した。

「…………」

 俺もその場を去ることにする。

 いきものの死を見るのは初めてじゃない。

 慣れていた。

 どうしようもなく冷めていた。

「はは…………くそ喰らえ、だってさ」

 でも、それでも。

「……ヘンなオッサン……俺の前で死ぬなよ、ボケ」

 視線が下がるのは堪えきれなかった、そんな、遠い昔のプロローグ。

 雨の中。

 面倒になった傘を投げ捨てる。

 空の涙が降り注ぐ。

 あの日何かを受け取って、俺はそれを綺麗サッパリ忘れ去っているのだと思う。

 傷だらけ血まみれのオッサンはこう言ったんだ。

 どこまでもエラソーな、魔王みたいな強気な笑みで。


 ――世界征服に興味はないか、と。


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