迷いの街
迷いの街は、悪質さを増していた。粘着質に漂うモヤのようなものが視認できる。公園を出たらゴーストタウンに飛ばされていた。より正確性を失いグチャグチャにかき混ぜられてしまった街は、まるで目的地に辿り着けない。夢を見ているようで頭が痛くなってくる。
「くそ……」
こめかみを押さえながら必死で目を凝らす。目が霞んで景色がダブる。あるいは目眩なのかもしれない。船の上のように揺られながら、気力だけで正規ルートを探す。乱立する矢印看板。必死で読み解こうと頭を働かせるが、いいかげん限界に近付きつつあった。
「……何が記憶改竄だ。これ、相当イカれてんぞ……!」
認識操作という括りでは済まない。明らかにワームホールレベルでまったく脈略のない地点に飛ばされている。これは、本当に記憶のみを捻じ曲げる能力なのか――?
不意に日常が恋しくなる。わずか数日前までいつでもそこにあったはずの、炭酸の抜けたコーラのような日々。気怠くでくだらなくて、そして安全だった。
そんなことを考えていたせいか、はたまたただの偶然なのかはしらないが、不意に有紗の懐かしい笑みを思い返して。
「……………………」
気が付けば俺は、通いなれた学校の校門前に立っていた。乗り越えるのに難儀する、馬鹿高い門。いつもは鎖で施錠されていたはずなのに。
「………はぁ……マジかよ」
鎖が引き千切られていた。恐らくは何者かが侵入しているのだろう。なら、この夜の学校内に誰かが隠れ潜んでいるということになる。
タケルだろうか。きっとタケルだ。タケルに違いない。任務が面倒になって保健室で寝てるんだろう、まったくなんて不真面目なやつだろうか、と聞かせる相手のいないジョークを浮かべる。
見上げた校舎は墓標のようで、恐ろしく冷たい風が背筋を撫でていった。俺は乾ききった目をしていただろう。巨大な眼球の幻覚が俺に告げる。もう後戻りできない、という最悪の直感。ああ引き返そう、きっと取り返しの付かないことになる。
「………おい」
心のなかの警鐘を聞いていた。そんな折、闇の底の方に見てはならない人影を発見してしまったのだった。
ずきずきと内蔵が痛む。男子高校生の人影。タケルだった。俺と同じくらい傷だらけのおかっぱ野郎は、こっちに気付くなり目を見開き、そして。
「!」
何故か一目散に、校舎の方へと走りだしたのだった。あっという間に見えなくなる。俺の目も自然に校舎の方へと向いた。タケルが逃げるように走り出した意味を考えていると、校舎が街よりも濃いモヤを纒っていることに気が付いてしまった。
なんて濃いモヤ。まるでこの場所が発生地点のようじゃないか。
「おい……どういうことだ」
タケルが俺から逃げるなど有り得ない。あるとすれば、それは逃げたのではなく先行しているだけだ。
「まさか……野郎――ッ!」
霊視が告げる。ドクンと心の臓から身震いする。確かにいる。ここに潜んでいるのだ。この夜の犯人が、夜の街を迷宮に変えた異常現象の使い手が。
――――それが誰かは分からない。
結末に引き寄せられるように、俺の足は敷地内の地面を踏む。




