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天使狩り  作者: 飛鳥
第1章
118/124

迷いの街


 迷いの街は、悪質さを増していた。粘着質に漂うモヤのようなものが視認できる。公園を出たらゴーストタウンに飛ばされていた。より正確性を失いグチャグチャにかき混ぜられてしまった街は、まるで目的地に辿り着けない。夢を見ているようで頭が痛くなってくる。

「くそ……」

 こめかみを押さえながら必死で目を凝らす。目が霞んで景色がダブる。あるいは目眩なのかもしれない。船の上のように揺られながら、気力だけで正規ルートを探す。乱立する矢印看板。必死で読み解こうと頭を働かせるが、いいかげん限界に近付きつつあった。

「……何が記憶改竄だ。これ、相当イカれてんぞ……!」

 認識操作という括りでは済まない。明らかにワームホールレベルでまったく脈略のない地点に飛ばされている。これは、本当に記憶のみを捻じ曲げる能力なのか――?

 不意に日常が恋しくなる。わずか数日前までいつでもそこにあったはずの、炭酸の抜けたコーラのような日々。気怠くでくだらなくて、そして安全だった。

 そんなことを考えていたせいか、はたまたただの偶然なのかはしらないが、不意に有紗の懐かしい笑みを思い返して。

「……………………」

 気が付けば俺は、通いなれた学校の校門前に立っていた。乗り越えるのに難儀する、馬鹿高い門。いつもは鎖で施錠されていたはずなのに。

「………はぁ……マジかよ」

 鎖が引き千切られていた。恐らくは何者かが侵入しているのだろう。なら、この夜の学校内に誰かが隠れ潜んでいるということになる。

 タケルだろうか。きっとタケルだ。タケルに違いない。任務が面倒になって保健室で寝てるんだろう、まったくなんて不真面目なやつだろうか、と聞かせる相手のいないジョークを浮かべる。

 見上げた校舎は墓標のようで、恐ろしく冷たい風が背筋を撫でていった。俺は乾ききった目をしていただろう。巨大な眼球の幻覚が俺に告げる。もう後戻りできない、という最悪の直感。ああ引き返そう、きっと取り返しの付かないことになる。

「………おい」

 心のなかの警鐘を聞いていた。そんな折、闇の底の方に見てはならない人影を発見してしまったのだった。

 ずきずきと内蔵が痛む。男子高校生の人影。タケルだった。俺と同じくらい傷だらけのおかっぱ野郎は、こっちに気付くなり目を見開き、そして。

「!」

 何故か一目散に、校舎の方へと走りだしたのだった。あっという間に見えなくなる。俺の目も自然に校舎の方へと向いた。タケルが逃げるように走り出した意味を考えていると、校舎が街よりも濃いモヤを纒っていることに気が付いてしまった。

 なんて濃いモヤ。まるでこの場所が発生地点のようじゃないか。

「おい……どういうことだ」

 タケルが俺から逃げるなど有り得ない。あるとすれば、それは逃げたのではなく先行しているだけだ。

「まさか……野郎――ッ!」

 霊視が告げる。ドクンと心の臓から身震いする。確かにいる。ここに潜んでいるのだ。この夜の犯人が、夜の街を迷宮に変えた異常現象の使い手が。

 ――――それが誰かは分からない。

 結末に引き寄せられるように、俺の足は敷地内の地面を踏む。


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