事情聴取2
「え、昨日? 普通に家で寝てたけど」
目の前の麗人はそんな、当たり前といえば当たり前の回答をくれるのだった。
場所は廊下の隅のほう。突き当り、滅多に使われない会議室前のあまり人の来ない袋小路で、俺たちは再び捜査に勤しんでいた。
目の前には謎の人物。
「それにしても探偵部ねぇ……」
不思議そうに俺を眺める女。このショートカットの女子は、橋本さんというそうだ。印象的な黒髪で、片ピアスがよく似合っている。『仕事の出来る女』って感じだが、こいつはなかなかに根性があることを俺は知っている。
――不安がってる転校生になんてことをするの。どうしてそんな風に人に八つ当たりできるの? 犯罪者みたいに教室に忍び込んで、有ること無いことばかみたいに書き殴って――!
こいつがあの日、階堂澄花に突っかかって、男子に制止されていたツワモノだ。女は、この俺相手でもまったく物怖じせず、明るい笑みを浮かべてみせるのだった。
「ま、いっか。はいはい部活動ね。それで浅葱くんが真面目に学校に通ってくれるなら願ったりだよ」
「ははは」
俺は笑った。乾いた笑いだった。
「………………ところでその調査って、朱峰さんの黒板の件が関係してるの?」
「――は?」
思わず口を開けた。鋭い女だなオイ。
「違うぜ。なぁタケル、」
「ああそうだ。詳しい事情は話せないが、朱峰さんが関係している」
耳を疑った。目の前の狩人が、言ってはならんことを言いやがったのだ。おい秘匿義務どうなった。
「案ずるな。この程度なら問題ない」
「…………だといいけどよ……」
反論を許さぬ、堂々とした態度のタケル。橋本は「そっか……」と呟いたきり、俯いて何かを考え込んでいるようだった。恐る恐るこっちを見て、イタズラを共有するように持ちかけてくる。
「……私にも、事情を教えてくれる、っていうのは――無理?」
タケルと目を見合わせる。橋本はどこか弱っているふうに見えるが、ただのクラスメイトに狩人事情を話すなど有り得ない選択だ。タケルは怯えたような橋本の様子に、少しばかり疲れたように返答するのだった。
「……話すことは出来ない」
「話せない、ということは何か知ってるんだね。分かったよ。報酬としては十分。」
想像以上にキレる女。片山といい、頭が良すぎるというのも考えものだ。
「で、何? 私は何を話せばいいわけ」
「昨日の午前3時前後だ。どこにいた?」
壁を背にした女は、探しものの図書の話でもしているようだった。
「うーん。さっきも言ったけど、その時間は家で寝てたよ」
「だろうな」
「と、いうか普通寝てるでしょう。そんな時間に起きて出歩いてるのなんて、不良ちゃんくらいだよ」
たはは、なんて俺が笑われる。片山と真逆じゃねぇか。
「……不良で悪かったな」
「あら、気に障った? ごめんねぇ。悪気はないんだけどねぇ」
なんて、田舎のオバサンみたいなノリで言う。明るい女だ。きっと普段はこの調子なのだろう。俺はペンを動かしメモを取る。
「橋本は保留、と」
「何よそれ。なんかすごい失礼なメモしてない?」
単に人殺しの容疑者候補に挙げているだけだが。あまり遊んでもいられないので、早々に話を進めていく。
「階堂澄花、って知ってるか」
「知ってる。あのウザい女でしょう」
「…………」
顔は不動のにこやかなまま。女子って怖い。伊織に似た何かを感じた。
「知ってるよ。うちの教室の黒板に落書きした女。あいつが、何?」
「最近悩みとかないか」
「特に何も。それより、やっぱり朱峰さん絡みの話なんだ。私にできること、ない?」
メモを取りながらふと思う。そういえばこいつ、さっき。
「……別に、何もないが。それより妙に朱峰を気に掛けてるな。何なんだ一体」
「転入生だもん。みんなで守ってあげないと――」
心底どうでもよかった。平和主義に守られる大量虐殺のばけもの。いますぐにこの場を去りたくなる。
「――と、いうのはタテマエかな。」
「んぁ?」
「綺麗なものは、誰だって好きでしょう? 私の理由はそれだけ。じゃ。」
断りもなく、軽く手を振って去っていってしまった。空白になってしまってメモを取る気も沸かない。
「……どういう意味だ、今の。」
「さてな。言葉通りの意味なんじゃないか?」
女って、たまに不思議な言動をするよな。
†
予鈴が鳴る。まだ2人だが、ひとまず調査は中断だ。
俺は、片腕のせいで本当に書きにくいメモ帳をポケットに突っ込んでおく。
「しっかし、ふざけてるな本当。なんで俺らがこんな雑用やらされる」
「まったくだ。前衛に謎解きをやらせるなど不適材不適所極まりない。この落第生組に何を期待しているのだか、うちの総括は」
珍しく不満気に言って腕組みしながら歩く狩人エース。蝶野の期待は分かる。それはタケルを買っているからだろう。この男なら、ちょちょいと現場に放り出せば殺人事件のひとつやふたつ解決してくれそうな気がしてくるのだ。
「――本来、こういった情報収集なんてものはバックアップの任務なのだがな。しかし現場が学園内とあっては、まったく……」
「ああ、学生でもないやつを使うよりかは効率がいいってんだろ、クソ」
実際問題、こうやって馬鹿正直に当人にアリバイを尋ねていくやり口に違和感を覚える。しかし、そいつの行動などそいつくらいしか把握していない。殺人課の刑事はどうやって犯人を特定しているんだ? そうそう刑事ドラマのように都合よく証拠なんて出てこないような気がするんだが。
「……科学捜査とか使えばよくね」
「その辺は警察がやるだろう。ついでだから言っておくが、この事件は表沙汰にならないぞ」
「…………………………はぁ?」
思わず足が止まってしまう。背中越しのタケルはどこまでも気怠そうだ。
「何だ、そんなに驚くようなことだったか? 直接的でないにしても異常現象に関わりがあるかも知れないんだ。事件は闇に葬られ、当然、親族にも事故死だと伝えられる」
「…………おいおいおい……」
「珍しいことではないぞ。直接異常現象に殺された人間なんてほとんどが行方不明処理らしいから、それを思えば死体が確実に還ってくるだけマシな部類だろう」
ふざけた話。なら、家族を悪霊に殺された遺族は、隠された死体の帰りを、いつか生きて帰って来てくれると信じて一生待ち続けるってことかよ……。
「……冗談じゃねぇぞオイ、狩人」
「確かに冗談ではないな。まぁ、いつものことだが」
諦観の背中。すべて受け入れ、仕方ないことだと理解してしまっている男の言い分だ。
「知っているか光一。年間自殺者3万人、そして、行方不明者の数は約10万だ」
冬の風が吹く。凍てつく血臭、殺し合いの中で生きている狩人の威圧感。魔王のように振り返ったその目が湛えていたのは、真紅と見間違うような人殺しの目だった。
「一体何割が異常現象の被害者だろうな? ――考えてみたことはあるか、第五狩り。」
異常現象狩りは、そんな不吉を言い残して教室に入っていってしまった。唐突に階堂の死に様の写真を思い返し、俺はぶるりとひとつ身震いする。
「…………稲川淳二かよ……」
「あ、おかえり光一」
がららと教室から顔を出す有紗。タケルのやつは、既に席に戻って退屈そうに頬杖ついていた。




