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天使狩り  作者: 飛鳥
第1章
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事情聴取1


 風の吹く屋上にて、クラス委員の片山くんが何故か、教室にあるような木製の椅子に掛けていた。姿勢正しく背を伸ばし、折り目正しく膝の上に拳を置いている。ただひとつ表情だけがキョトンとしていたが。

「……浅葱くん。何をするんだい?」

「るっせぇ! とっとと吐いて楽になっちまえゴルァ! 早く言わねぇとカツ丼食わせるぞテメェ!」

 バンバンと机を叩く俺。片山の向かいで同じような椅子に掛けているのだった。繰り返すがここは屋上だ。

「えーと……何ゴッコ、だい?」

「取り調べごっこだ。悪いな、もう少しウケると思ったんだが」

 片山がたじろいでしまったので、俺は椅子の位置を正して座り直した。タケルが突っ込まないのが悪い。

「で、何なのかな、話って。演劇の練習でもやるのかい」

「ああ。新しい部活を始めようと思ってね」

「部活?」

「探偵部だ。アリバイ証明の練習をしてる。つまらねぇゴッコ遊びだけどな」

「……へぇ、変わった部活を始めたんだね。なかなか面白そうだ」

 片山が軽く興味を示してきた。無論咄嗟にこんな言い訳が出るはずもない。発案者は背後で腕組んで突っ立ってる奴だ。ピラピラと、部活動申請のプリントを提示している。

「ふーん……探偵部か。浅葱くんらしいかも知れないね。正直僕も、興味あるかな」

「ま、そういうわけでよ。練習がてら適当に聞かせてくれ」

「ああ、構わないよ。僕に協力できることなら何なりと」

 胸に手を当て、演劇の主人公のような精悍な顔をみせる容疑者1号。俺はメモ帳をめくってシャーペンを回す。あっさり協力してくれる辺り、片山はやはり爽やかな奴だ。こんな奴ばかりなら世の中もう少し生きやすいんだが。

「最近調子はどうだ」

「至って健康だよ。学校ではいろんな問題が起こるけど、僕自身は特に何か困っているということはない」

「お前、成績いいんだってな」

「そんなことないさ。本当、上を見ればどこまででも上がいて困るよね。全国模試とか自分の立ち位置を思い知らされて憂鬱になるよ」

 フランクな態度。まったく疑う余地もないほどに。片山の態度には淀みや影がない。どこまで信用していいものか。

「――で、これはどういう設定の調査なんだい?」

「窃盗事件」

「僕が窃盗犯だという想定か…………うん、面白い。それにしても、探偵部か……」

 興味ありげな片山。本当は部活でもなんでもなく、現実の階堂澄花殺しの犯人を探しているだけだが。

 俺は白紙のメモ帳をめくり、頭を掻いた。色々聞きたかったはずだがいざ対面すると忘れちまうもんだな。

「昨日の夜どこで何やってた」

「友達とカラオケ&ボーリングに。何時頃だい?」

 死亡推定時刻か。蝶野に聞いたな。

「3時だ」

「恥ずかしながら、昨日は朝の4時まで遊び歩いていたよ。行き先は覚えているけど、教えておこうか?」

 おもいきり夜遊びしてやがる。爽やかな片山のイメージが少しだけ揺らぎそうになった。

「…………意外だな。夜、遊びに行くのか」

「夜更かしして遊びに行かない学生なんていないよ。もしいるのなら、日々の過ごし方を根本的に考えなおした方がいい」

 渋い顔してらしくないことを言われた。確かにそうかも知れない。遊ばない人間など壊れている。

 片山にメモと鉛筆を渡し、昨夜のタイムスケジュールを書きだしてもらう。

「――と、こんな所かな。これでいいかい?」

「ああ、練習になった。ところで最近大きな悩みとかなかったか」

「悩み?」

 即ち殺害動機の類である。毎日ゴキゲンに過ごしていたのに、ある日突然いきなり人を殺すという輩は滅多にいない。必然的に過程が生まれてくるものだ。

「いや、特には。順調だよ。僕自身はね」

「僕自身は、ってーと何だ。自分以外はうまくいってねぇってことか」

「そうだね。朱峰さんの件や、何より、吉川さんの交通事故とか色々あるからね」

 周囲の問題を気にしているらしい。

「……ほどほどにしておけよ」

「分かってるさ」

 聴くべきことは聞いたはずだし、ここいらで片山の事情聴取は終了しておこう。



 タケルと肩を並べて廊下を歩く。俺はメモ書きに目を落とすが、片山の昨夜のタイムスケジュールにおかしな部分はない。普通に友達とカラオケ行ってボーリング行って遊んでいただけだ。

「どう思う、名探偵。」

「はずれだ――当然だがな。あまりに態度が普通すぎる」

「ふーむ」

 俺も賛同である。片山は他人の問題を重視しているきらいがあったものの、アリバイはそこそこ通っていそうだし、そもそもカッとなって暴力を振るうタイプではあるまい。朱峰の件はアレとはいえ、良くも悪くも他人ごとなのだ。

 何より、殺人犯はクラスメイトの病院特定になど労力を割いている心的余裕はない。片山からは殺しの匂いなんてまったく感じ取れなかった。

「あの性格なら、何かをしでかしてしまったのなら確実に煩悶するはずだ。委員長はシロと見る。アリバイの裏を取りに行くか?」

 俺は無言で首を横に振る。一応は保留ということにしておくが。

 それより、頭の中に少しばかり犯人候補が浮かぶのだった。

「………………階堂を追い詰めてた時、1人だけブチ切れてた女子がいたよな」

「奇遇だな、不覚にも。俺も同じことを考えていた」

 鎮痛そうな溜め息。今日までずっと学園生活を大切にしてきた狩人エースの苦悩が続く。

 人を疑うってのは、疲れる作業だ。


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