石の上にも
「――で、何ですか。なぜ俺にお呼びが掛かるのだか」
「まぁそう嫌がるなよ、タケル。友人の危機だろう?」
友人とは、俺のことか。執務室にて、蝶野と対面に座るタケルを見ていた。俺は数歩ほど離れてタバコを吸っている。それにしてもタケルは本当に嫌そうだ。面倒くせぇが話を前に進めるべく、いちおう口を挟んでおいてやる。タバコを灰皿で消しながら。
「……友人の危機って何だ。俺は別に健康だが。腕が折れてる以外はな」
「ご愁傷様だな。一体どこの誰にやられたんだ?」
キョトンと見上げてくる蝶野。相変わらず本気で言ってるのか知ってて言ってるのか判別できない。蝶野は深くソファに身を沈め、疲れたように息を吐いた。
「しかしお前ら、あまり呑気にだんまり決め込んでいるなよ。れっきとした殺人事件だ。異常現象が無い以上は警察の管轄だが、こちらとしても浅葱の無罪を証明できなければ庇うのが難しくなる」
「何だ、庇ってくれんのか。どんな風の吹きまわしだよ」
「俺たちを舐めるな。濡れ衣を晴らせず同業を警察に引き渡したとあっては、面子もクソもない。ヤクザが中坊に敗けるようなもんだ」
いまいち正確な例えかは分からなかったが、言いたいことは分かった。要するに蝶野は春子さんの証言から俺が犯人ではないと理解しているが、対外的にある程度それを証明できなければ面倒事になると言いたいのだろう。最悪の場合、俺が警察にパクられると。
ずっと静かだったタケルがようやく億劫そうに口を開いた。
「要するに、真犯人を見付けて捕まえてしまうのが手っ取り早いと」
「そうだ。正しく真実を引きずり出し、階堂澄花殺しの犯人を、きちんとした証拠付きで突き出せれば警察も満足するだろう。俺達の疑念も晴れて面子も守られ万々歳、というわけだ。まぁそこまで完全でなくとも、少なくとも推理することに意義はある」
ふぅとため息吐いて、蝶野は事件概要のファイルをめくる。一枚、二枚。
「……直接的でなくとも、間接的に異常現象が関わっている可能性もあるからな。なにせ人物が人物だ。10年前のことを記憶していて、朱峰に突っかかっていた。どうにもこの殺人、きな臭いとは思わないか?」
確かに、そうだろう。血塗れた殺害現場の写真。昨日まで俺に付き纏っていた女の苦悶の死に顔。生物の死には慣れきっているが、そいつが盗まれた俺のナイフで殺された、というのがどうにも納得いかない。
タケルは不機嫌そうに眉間にシワを寄せたまま、しかし推理を進める。
「…………はぁ。犯人は学生、でしょう。」
「成る程。そいつは確かに理屈が通っているな、タケル」
どこか白々しい声で、蝶野が肯定した。学生? どういうことだ? 俺が理解できないでいると、タケルが解説してくれた。
「なに不思議そうな顔してる。凶器はお前にやったナイフだろう。制服の上着に入れて昨日まで持ち歩いていたのだろう? なら、盗まれたというのなら昨日の体育の時間以外に隙がない」
「あ。」
言われてみれば、確かに。俺は深夜までこの制服を着用しているのだ。最近、着替えて私服で出かけたことなぞついぞなかった。蝶野は腕組して、偉そうに不思議そうにつまらないことを述べる。
「珍しいなタケル、穴があるぞ、その推理。そこの羽狩りが間抜けにもどこかでナイフを落とした、という線も考えられるんじゃないのか?」
「ありません。曲がりなりにも春子さんに鍛えられた光一が、そんなギャグのようなミスをするはずがない」
涼しげなタケルの流し目が俺を見る、俺は黙って後頭部を掻いた。責め立てるように凝視されたので更に目を逸らす。俺を見るな。
「で、どうするんだお前たち。確かに犯人は学生である可能性が高い。それも――お前たちの身近にいる可能性が高いな」
札束を数えるように写真を眺めている蝶野。ここに来てようやく、俺はタケルが推理に乗り気でなかった本当の理由を理解する。
「………要は、階堂をやったのはうちの学校の生徒だっつーことかよ」
「おや、早計だな。別に俺はそこまで言っていないが――そうだな。体育の時間中にお前のナイフを盗んだとなると、その可能性は上がるかも知れんな」
白々しい。こいつ、タケルを呼ぶまでもなくハナっからそういう算段だったわけか。
「まず手始めに、お前たちのクラスメイトはどうだ? 動機のありそうな人間はいるか」
片山はじめ、あのぬるいクラスの連中の顔がよぎる。校舎の影で階堂を追い詰めていた時のことや、朱峰がらみの問題等々。
俺はタケルに尋ねる。
「――おい、どう思うタケル」
「可能性はあるさ。本当に、不本意だがな」
「よろしく頼むぞ二人とも。学校で、何か犯人につながる手掛かりを見付けてきてくれ」
タケルは静かだった。耐え忍ぶ石のように。




