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産廃水滸伝 ~産廃Gメン伝説~ 13 シロアリ塚  作者: 石渡正佳
ファイル13 シロアリ塚
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送り狼

 セイラのカウンターは連日、似たような顔ぶれに占拠されていた。その日は伊刈、喜多、夏川の三人がカウンターの中央に居座っていた。伊刈はいつの間にか常連の中でも中心的な存在になっていた。

 「伊刈さん、今日はなんか怖いね」利発で敏感なリンカが話しかけてきた。

 「そう?」

 「うん、ちょっといつもより渋い感じ。ねえ、そう思わない?」

 「全然わかんない」関心がなさそうにモモエはカラオケの歌本を眺めていた。

 「現場に行ったから臭くないかな」

 「仕事だったらしょうがないんじゃない」リンカのコメントはいつも大人だった。

 「産対課への異動は市庁では赤紙って呼ばれてんだよ」夏川が言った。

 「へえどうして」

 「戦場に行けってことだからね。戦場に来てしまった以上は早く除隊されたいってそればっかり願ってる」土木技師の夏川にとっては化学技師ばかりの産対課への辞令は確かに赤紙に違いなかった。土木事務所にいれば発注側だから業者の方から媚びへつらってくる。業者に無視されたり、逆らわれたり、ましてや脅かされたりということはありえなかった。

 「伊刈さんも異動したいんですか?」リンカが伊刈に話を向けた。

 「そうでもないな。とくに今日は面白かったよ」

 「そんな風には見えないですよ。今日はちょっと近付きがたいって感じ」

 「今日の班長はかっこよかったんですよ」喜多が言った。

 「今日もだろう」

 「今日はとくにですよ。現場を完全に仕切ってましたからね。あんなこと誰にもできないですよ」

 「喜多さんは伊刈さんを尊敬してんのねえ」リンカが喜多の心理を読んだように言った。

 「班長がいなかったら僕はもうとっくに市庁にはいませんから」

 「そこまでかあ。すごいねえ」

 「親父には早く辞めろって言われてんだけどね」

 「お父さん税理士なんだっけ」

 「よく覚えてるね」

 「ねえ、歌ってもいいかな?」興味のない長話にうんざりしたようにモモエが言った。

 モモエが歌い始めた直後、ナオミが入ってきた。

 「ああ、暑っつい。まじ半端じゃねえよ」見た目からは想像できないヤンキー言葉で言うと、ナオミはいきなりプラダのサンダルを脱ぎ捨ててボックス席のベンチシートに胡坐をかいた。人気者のリンカが出ている日にしては珍しく、その日のセイラはいつもより空いていたのだ。

 「あ、伊刈さんじゃん。ねえねえ、あたし伊刈さんのモトカノの話聞いたよう。伊刈さんてさあ大西先輩と付き合ってたんだって。大西先輩ってさ、ミス望洋だったんだよ。やるじゃあん、あたしさ見直したわ。ねえ、ちょっとこっち来てよ」

 「酔っ払いは仕事のじゃまだから帰って」リンカが半分マジ切れして言った。

 「なによう偉そうに。あたしもお客だからね。伊刈さんこっちきて。リンカあたしワインもらうわ。ブルゴーニュのピノノワールならなんでもいいわ」酔っ払ってもさすがお嬢様だった。

 「そんなのないよ。うなぎとワインの食べ合わせは江戸時代からのタブーだからね」

 「嘘つけこら。伊刈さんこっちよこっち」

 「班長、気に入られてるみたいですね」夏川が笑いながら言った。

 「ヤクザとヤンキーには人気があるんだよ」意外なことに伊刈はグラスを持って立ち上がるとナオミの隣に移動した。

 「ほらみろリンカ。あたしね、これから伊刈さんと付き合うからね」

 「いい加減にしなよ。伊刈さんがね、あんたみたなプータと付き合うわけないわ」

 「プータって言うなよ。あたしプータじゃないかんね」

 「あんたプータの意味わかってんの」

 「知るかよそんなの」

 「プータはスペイン語で売春婦だよ」伊刈が口を挟んだ「プータローだったら風太郎って意味だと思うけど」

 「伊刈さんすごいね」リンカが真顔で反応した。

 「決まってんじゃん。だってあたしの彼氏だからね」

 「あんたのじゃないって。モモエが先約だからね」

 「あたしは別にいいよ」自分に話をふられて驚いたようにモモエがリンカを見た。

 「あたし帰る」ナオミが裸足で立ち上がった。

 「早いねえ。御代はいいわよ」リンカが言った。

 「モモエに伊刈さん取られたから帰る。覚えてろよモモエ」

 「あたし取ってないからね」

 ナオミはサンダルも履かずに店外にさまよい出した。

 「ちょっと送ってくるよ」伊刈が真っ赤なプラダのサンダルを拾い上げてナオミを追った。

 「あの二人、ひょっとするんじゃないですか。班長、ああいうタイプに弱そうですよ」夏川が意味ありげに笑った。

 「絶対ないって。班長の好みはリンカさんですよ。長い付き合いだからわかります」喜多が首を振った。

 「どうでもいいけどさ、あたしを無視しないでよね」モモエが頬を膨れさせながら喜多の背中をどついた。

 「大丈夫、喜多さんはモモちゃん派ですよ。こいつロリータに弱いんです」夏川が言った。

 「ロリータって何よ」

 「童顔ってことかな」

 「そうなの」モモエはまんざらではない顔をした。「あたし童顔てよく言われるのよ」

 「騙されないでよ。ロリータって童顔好きじゃなく、幼女好きってことよ」リンカが冷静に説明した。

 伊刈はナオミを送ってくると言って出たままセイラには帰ってこなかった。ひょっとしたら夏川の予言が当たったのかもしれなかった。

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