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産廃水滸伝 ~産廃Gメン伝説~ 13 シロアリ塚  作者: 石渡正佳
ファイル13 シロアリ塚
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再生ズリ

 安心工研の汚泥処理工場は太平洋を見下ろす崖の上にあった。国道沿いの住宅団地を離れて田園地帯をしばらく行くと木立に囲まれた処分場に出た。社長の江藤が軽量鉄骨作り二階建ての事務所から出迎えに出てきた。いかにもやり手というイメージの大柄で恰幅のいい五十がらみの男だった。なかなかのおしゃれで高級そうな仕立てのジャケットを着ていた。有象無象の連中とは別種の人物に見えた。神経質な性格なのかいくらか緊張している様子が伺えた。

 「工場から拝見しますよ」伊刈が挨拶した。

 「どうぞ。うちは処理には自信があるからね」

 売上高三十億円の処分場にしては場内に大がかりな設備が見当たらず、素掘りのピットに汚泥を投入して固化剤と混ぜて出しているだけだった。場内で一番目立つ施設は固化剤を保管するためのサイロだった。

 「そこのピットにまず汚泥を投入するんですね」

 「そうだな。固化剤を投入して攪拌し、ほどほどに固まったところでクラッシャーで破砕して再生ズリにしてる」

 「クラッシャーはどこに」

 「固まる前に持ち出してる」

 ピットは汚泥を投入する単なるプールだった。固化剤と水が反応すると温度が上がるため湯気が立ち上っていた。様子としては山口鉱産と同じだが固化剤の投入量をコントロールして製品の硬度を調整しているようだった。この穴で数十億円の利益を上げているとすれば魔法の穴だった。

 「固化剤には山口鉱産の石灰滓を使っているんですか」

 「いろいろ混ぜてるよ。配合は企業秘密だから教えられないよ。俺が自分で混ぜてるんだ。汚泥もいろいろだからな。固まらなくても困るし固まりすぎても困る。そこが技術だよ」

 「ズリというのはボタのことですね」

 「ボタという地域もあるな。うちのはね、山砂の代わりになる盛土材として売ってるんだ」

 「石灰を混ぜたら強アルカリになりませんか」

 「そらあなるけど心配ないよ。雨が酸性だろう。すぐに中和されるんだ。アルカリなんて地山からせいぜい三十センチまでしか拡散しないよ。全く問題ない。だいたいアルカリがだめと言ったらコンクリートの建物はどうするんだ。コンクリートはアルカリだからね。ビルごとアルカリなんだよ。それが土壌汚染になるのかい」

 「最終処分場に出してる汚泥はないんですか」

 「昔は穴に出してたけどね。使えるのにもったいないじゃないか。今はリサイクルの時代だよ。使えるものは使ったほうが環境にもいいだろう」

 「ヒ素とかクロムとかアスベストとかいろいろ品質管理が大変じゃないですか」夏川が専門的な質問をした。

 「あんたね、知ったかぶりをするんじゃないよ。それは逆だろう。たかがズリだって品質が大事だから商売になるんじゃないか。うちはね、建廃(建設廃材)とかコンガラ(コンクリートガラ)とか受けてないからアスベストは心配ないよ。アスベストをコンガラに混ぜて路盤材にして売ったら儲かるだろうけどね」

 「ヒ素とクロムはどうですか」

 「クロムはセメントにもともといくらか入ってんだよ。それを咎めたらあんた、ビルも橋も作れなくなるよ。セメントのない世の中が考えられるのかい。セメントってのは古代ローマにもあるんだよ。だねど、なんべんも言うけどうちはやばいブツは受けてないんだよ」

 「ヒ素はどうですか」

 「いちいちしつこいねえ。わかってんだろう。ここらの地山はローム(赤土)だろう。もともと浅間山だか富士山だか知らないが火山灰なんだからヒ素はいくらでも出るんだよ。地山にあるものを問題にしないで、どうしてそれを掘った残土や汚泥だけ問題にするんだよ。地山には何億何兆倍もヒ素があるじゃないか。それはどうするんだよ。全部キレイにするのかい」

 「移動しなければいいという法律ですから」

 「移動しなくっても地山に井戸を掘ったら井戸水はどうなるんだい。それにヒ素のおかげでここらの果物や野菜は甘くてうまいいんだよ。知らないのかい」

 「それは知りませんでした」

 「あそこに積まれてるのが再生ズリですか」伊刈が話題を変えて場外に積み上げられた汚泥の山を指差した。

 「あれはうちのじゃないよ。プリンス土建に売ったものだ」

 「どんな会社ですか」

 「うちとは古い付き合いの会社だ。本社は錦糸町にあるよ」

 「帳簿上の売却ですよね」

 「あんた、やなこと言うな。ちゃんと契約書もあるよ」

 「小港組に売った再生ズリもありますか」

 「うちは売ってないよ。プリンス土建が売ったんだろう。どうして小港組に目をつけたんだ」江藤はなんでも知っている様子だった。

 「ズリと産廃をアンコにして犬咬に持ってきた疑いがあるんで調べてるんですよ」

 「バカだな、あんな遠くに」

 「犬咬をご存じなんですね。小港組にあった再生ズリにもガラスの破片が混ざっていたんですが、ここで混ぜたものか調べればわかりますよ」

 「うちで水抜きに混ぜたガラスかもな。よそじゃやってないからな」

 「ガラスはどこにありますか」

 「しょうがねえな。こっちにきてみな」江藤社長の案内で処分場の裏手に回った。そこはガラスの破砕処分場になっていた。

 「こちらにはガラスの破砕許可はなかったですよね」

 「これは市から預かった一廃だよ」

 「預かったとは」

 「破砕してカレットにしたらまた市に返すんだ。うちは工賃だけもらってる。リサイクルだし、そもそも市からの一廃の委託には許可が要らないんだよ」

 「市に返したら再生ズリに混ぜられないんじゃないですか」

 「返してもらっても困るっていう市もあるから、その場合はうちで買い戻してるんだ。ガラスは水が抜けやすいんでズリに混ぜるとちょうどいいんだ。ズリだけだと水が抜けないからな」江藤は自信たっぷりだったが、要するにもぐりの破砕処理だった。法の抜け道を駆使するのが好きなようだった。

 「プリンス土建に売った契約書がありますか」

 「もちろんあるよ」

 「見せてもらえますか」

 「じゃ事務所に来な」

 伊刈は江藤社長の案内で工場脇の事務所に立ち寄った。

 「これが再生ズリの販売実績ですね」伊刈が数字の意味を読み取りながら言った。

 「そうだ」

 「単価は一トン千円で年間三十万トン、つまり三億円でプリンス土建に出したんですね」

 「ああそうだな」

 「小港組へは直接は出してないとおっしゃってましたが、一万トン出してますね。単価はキロ二円ですね」伊刈が帳簿を見ながら指摘した。

 「そうだったか。忘れてたよ」

 「プリンス土建にも立ち入りたいんですが、いいでしょうか」

 「別にかまわないだろう。いつも馬場という者がいるはずだ」

 「社長ですか」

 「さあね」江藤は答えをはぐらかした。

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