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産廃水滸伝 ~産廃Gメン伝説~ 13 シロアリ塚  作者: 石渡正佳
ファイル13 シロアリ塚
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地主

 伊刈は国道沿いの残土捨て場を止めるために連日のパトロールを実施した。しかし作業員は指導を無視して残土の搬入を続けた。

 「地主を指導してみるか」伊刈が喜多を見た。

 「それなら調査済みです」喜多が答えた。

 「農家か」

 「それが違うんですよ。近くのコンビニなんです」

 「農家がコンビニやってるってことじゃないのか」

 「それはそうかもしれないですね」

 コンビニの駐車場に車を停めてカウンターの中の店員にオーナーはどこかと尋ねた。裏の自宅にいると言われた。伊刈の見立てどおりオーナーはもともと豪農だったらしく、手入れのいい庭木や庭石に囲まれて新旧の母屋や離れが何棟も建っていた。そのうちの一棟は名主か庄屋だった時代(戦前)、米俵を貯蔵するのに使われていた白壁の土蔵だった。かつては周辺の田畑山林を独占的に所有していたのだろう。農地解放を免れた土地のおかげで成金になったのだ。この程度ならまだかわいい方で、都市部なら数百億円の資産家も珍しくない。オーナーの赤尾は背のすらりとした男前で一見して農家には見えなかった。

 「この先の国道沿いの残土の捨て場は赤尾さんが地主さんですよね」伊刈が尋ねた。

 「どこのことだか」

 「国道までダンプが行列になってるでしょう。売られたんですか」

 「資材置き場にしたいからと言われて三月九十万で貸したんですよ」嘘は見え透いていたが、顔に出してしまうところが苦労なしで育った地主らしい。かえって正直だと伊刈は思った。

 「残土の搬入は契約違反ということですね」伊刈が得意の誘導尋問を始めた。

 「整地してるんじゃないのかね。こっちは土地を平らにしてくれればかまわないんだ」

 「残土が入ってもいいってことですか」

 「残土残土って何かこっちに責任があるみたいに言わないでくれないかな。うちは資材置き場に貸しただけって言ってるでしょう」むきになるところをみると残土が入るのを承知で土地を貸したのは明らかな様子だった。

 「契約書はあるんですか?」

 「は?」

 「資材置き場に貸したという契約書はありますか」

 「そんなものないよ。口約束だからね」

 「契約書がないと何をやられても文句言えないですよ。居座られたらどうしますか」

 「そんなことないだろう。こっちも初めてじゃないからわかってるよ」

 「残土を入れるのは初めてじゃないって意味ですか」

 「あんた失礼じゃないか。俺が何をやったっていうんだい」

 「現場の様子を見るととても資材置き場になるような状況じゃないですよ。ドロドロの残土を入れてるだけです。鉄板がなければ車輪がもぐってしまう。そんな状態で土地を返してもらうんですか」

 「最後はきれいにするって約束だ」

 「契約相手の名前だけでも教えてもらえませんか。あんまりひどいことにならないように指導しますよ。道路までドロドロだし土地の境界も気にしてないようだし、この状態で逃げられたら隣接の地主さんから赤尾さんに損害賠償が来るかもしれませんよ」

 「なるほど。ちょっと待ってくれ」赤尾も伊刈に言われてちょっと心配になったのか、母屋の縁側に置いてあった手帳を持って来た。

 「契約書はないんだが風間って男だよ。携帯もわかるよ」それが親方の名前らしかった。

 「これからはあんまり残土や産廃に土地を貸さないほうがいいですよ。法律もどんどん厳しくなってるから地主にも命令が出ますよ」伊刈がたたみかけた。

 「そうなのか」

 「九十万円で土地を貸して産廃の撤去に一億円かかったら合わないでしょう」

 「おい脅かすなよ」

 「一億なら安いほうです。ちょっとした産廃でも完全撤去となったら何億円も何十億円もかかるのが普通です」

 「わかったよ。もう風間には貸さないよ」

 再び現場に戻ると貫禄のある年配の男がダンプの誘導役をやっていた。

 「親方さんですか」伊刈が声をかけた。

 「そうだけど」

 「風間さんですね」

 「ほう俺の名前知ってんのか。地主に聞いたのか」

 赤尾から市が調査に来たと通報があったのだろう。それで心配になって現場を見に来たのだ。

 「今、地主さんに会ってきましたが、残土の捨て場には貸してないって言ってましたよ」

 「だからなんだよ。ここは捨て場じゃねえよ。資材置き場にするんだよ」

 「それじゃこのダンプの行列はなんですか」

 「どこの現場だって地ならしのために最初は土を入れたり出したりするだろう」

 「開発行為の許可は取りましたか。この面積だと形状変更には許可が必要ですよ。残土を入れるなら条例の許可もありますよ」

 「いちいちうるせえな。あんたら環境なんだろう。だったらこんなところに来ないで不法投棄の取り締まりやってろよ」

 「残土条例違反は環境の担当ですから残土の搬入を止めるまで毎日でも来ますよ」

 「何も悪いことやってねえだろう。掘った土をまた埋めるのが何が悪いんだよ」

 「どこで掘った土ですか。処分場の設置許可だけじゃなく、土を出した現場から条例の届出義務がありますよ。土の分析試験も必要ですよ」

 「んなの知るかよ。ダンプに聞いてみな」

 「風間さんは長野のご出身なんですか」

 「誰がそんな余計な事言ったんだ」伊刈の言葉に風間は血相を変えた。だれも知らないはずの情報だったのだろう。

 「ダンプのナンバーを撮影させてもらいます」夏川が写真を撮る構えをした。

 「おいおまえ」

 「なんですか」夏川が風間を振り返った。

 「ダンプに迷惑かけんな。俺は面倒臭えのは嫌いだ。ここは今週でもう終わりにするよ。土地は地主に返す。地主も早く返せって文句言ってるしな。それでいいんだろう」

 「指導票を切ります」

 「そんなもの受け取らないよ」

 「いいえ切ります」

 車内で準備しておいた手書きの搬入中止指導票を手渡そうとしたが、風間は無視して現場の奥へと歩いていった。

 「伊刈さん、ちょっと話してきますから待っててください」奈津木が一人で風間を追っていった。

 風間は奈津木の素性がわかったらしく素直に話を聞いていた。警察の流儀を崩さない奈津木は組みにくいなと伊刈は思った。環境事務所でのパートナーだった長嶋警部補と違って、奈津木警部補は伊刈の指揮下に入るつもりはなさそうだった。上司の墨田警部が一緒に出向しているのだから警部の指揮下に入るのはやむをえないことではあった。上司の命令いかんで生命を賭すこともある警察官にとって誰がボスかは最重要事だ。ボスは二人要らない。

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